本稿は日本の野球に強い関心を持つ米国の野球分析家であるJim Albright(ジム・オルブライト)氏の文章を、許可を得て翻訳したものである。Jim氏は以前、
王貞治がもし米国でプレーしていた場合殿堂入りに値したかを分析したが、今回は過去にNPBでプレーした「外国人史上最強チーム」を作ってくれた。パート1は過去の選手の貢献をどのように算出、評価したかの過程を見せる。
対象選手
「外国人史上最強チーム」を作るにあたって、対象とする選手は日本で生まれたかどうかとした。基準を出生地にすることで、どの選手を含み、含まないかを容易に決定することができた。日本人ではない親の元で生まれた選手をも対象とする分析者もいるかもしれないが、その手法を使うと王貞治(父が中国人)、金田正一(韓国人とのハーフ)、張本勲(韓国人とのハーフ)、そして衣笠祥雄(父がアフリカ系アメリカ人)などが対象となってしまう。家系にまで手を伸ばして調査するつもりはないため、ここでは出生地を基準とする。
評価前の注意事項
ここで私が用いる評価基準は、代替可能選手に比べどれだけ勝利を上積みしたかを表すWins Above Replacement(WAR) と平均的な選手に比べどれだけ勝利を上積みしたかを表すWAA(Wins Above Average)である。このWARとWAAは、Baseball-Referenceのモデルをベースに多少改良を加えたものである。
https://www.baseball-reference.com/about/war_explained_position.shtml(主に野手)
https://www.baseball-reference.com/about/war_explained_runs_to_wins.shtml(主に投手で、Version 2.1を使用)
野手に関するWARの計算方法は王のMLBでのWARを予測する際にレイアウトされたものと同様である。「走塁による得点」と「併殺回避による得点」と「守備による得点」はキャリア全体のデータから、選手の各年度の打席数に応じて得点を各シーズンに分配した。
MLBから導かれたデータが必要だったが、入手できないため別の方法をとったものもあった。球場のデータがない状態で球場補正を反映させるために、チームの1試合あたりの平均得点と平均失点をリーグの平均得点と失点として用い、そこからどれだけ多く得点を積み上げたかで球場補正を組み込んだ打撃貢献を求めた。この手法ではジャイアンツのように優れたチームメイトがいる(王にとっての長嶋のように)チームが実際よりも得点の入りやすい球場でプレーしていたと判断される。Baseball-reference.comが行う球場補正よりも1勝利におけるより多くの得点を必要とされるため理想的ではなかったが今回はこの方法をとった(Baseball-reference.comは私がNPBで持つデータより、球場に対応するより優れたデータを持っている)。
また私は全選手、毎シーズンのデータを計算しなかったため、Baseball-reference.comが行っている平均とリプレイスメント間の勝利数を足すことや、合計がリーグ全体の適切な勝利数になることを再現していない。
ここからは、野手、投手それぞれひとりずつの1シーズンの評価例を挙げて、説明していく。野手は1986年のランディ・バース、投手は1939年のビクトル・スタルヒンを例にWAA並びにWARの算出に至るまでの過程を見せたいと思う。
ランディ・バース(1986年)
バースの例を見てみよう。まずこの年のバースが打撃でどれだけの得点を創出したかを計算する。算出のもとになるLinear Weightsは以下である。
これらをもとにすると、1986年のバースは139.34の得点を創出したことを導き出すことができる。
BRAA(Batting Runs Above Average)平均と比べ打撃でどれだけ多くの得点を創出したか
次にこの139.34得点が平均的な打者と比べてどれだけ多くの得点といえるのかを知るために、彼のチームの平均的な打者が同じアウト数あたりでどれだけの得点を産み出せるかを求める。そのための最初のステップはバースがシーズンで何試合分のアウトになったかを知ることだ。これは打数から安打数を引き、それを51(1試合の両チームのアウト数)で割ることで求められる。盗塁失敗、ダブルプレー、さらにベース間でのタッチアウトなどといったNPBのデータを入手できないため1試合のアウト数を54ではなく51として計算している。計算式は以下である。
453 = 打数 176 =安打数
(453-176)/ 51 = 5.43
上記の計算式からバースは1986年に5.43試合分アウトになったことがわかる。1986年シーズンのタイガース戦での両チーム平均得点は8.54点である。上記で算出されたバースが創出した得点139.34から両チーム平均得点8.54と5.43を掛けた数を引く。計算式は以下である。
139.34 – (8.54 × 5.43) = 92.96
1986年のバースは平均的な打者に比べ92.96点多く得点を産み出したと計算できた。
FRAA(Fielding Runs Above Average)同ポジション平均に比べ守備でどれだけ失点を抑止したか
次に守備での貢献を見てみる。守備による失点抑止は以前王の分析でもそうしたように、ゴールデングラブ賞を獲得したか否かから算出する。バースはゴールデングラブ賞を1度も獲得していないため、通算FRAAは-7.67となる。次にバースの1986年シーズンの打数+四球(打席数ではなく、打数+四球を用いる理由としては、打数と四球以外の打席数に含まれる要素が全て入手できないからである。たとえ全てが揃っていたとしていても、揃ってないものとして計算をしている。)から通算打数+四球を割ったものに-7.67を掛けて比例配分する。計算式は以下である。
-7.67 = (キャリアFRAA) 535 = 1986年(打数+四球) 2507 = 通算(打数+四球)
-7.67 × (535 / 2507) = -1.64
この計算式から導き出された-1.64を1986年にバースが同ポジション平均に比べ抑止した失点数とする。
走塁
次に走塁を見てみる。最初に通算でどれほど平均以上または以下の得点を生み出したかを求める。基本的な公式は108.4542 ×三塁打/ (安打 – 本塁打) + 0.2886497 × 三塁打 + .134134 × 盗塁 -30.9337である。-30.9337は最低5000打席に立ったメジャーリーガーをベースとして行った回帰分析(regression)の切片(intercept)である。バースを含む、NPBでプレーした多くの外国人選手は5000打席には到底及ばないため、この大きな得点数は不公平のように感じる。今回は打席数の代わりとして打数+四球を用いているため(バースの場合は2507)、その数字を5000で割り、-31(若干、打席数の理解を補うためにわずかな上向き調整)で掛ける。計算式は以下である。
2507 / 5000 × -31 = -15.5
これによって、バースの切片(intercept)が-15.5であることがわかる。
この新たな切片(intercept)をもとに、適切なキャリアデータを埋め込むと、バースの平均に対する走塁と併殺回避の走塁得点が-12.87であることが分かる。この数字を通算からシーズンに置き換えるためには、通算打数+四球に対してそれぞれのシーズン打数+四球がどれほどの割合であるかを求め、通算得点を配分する。先述したようにバースの通算打数+四球2507、1986年シーズンの打数+四球は535である。
(535 / 2507) × -12.87 = -2.75
この計算式で導き出された-2.75が1986年シーズンの走塁による得点である。
守備位置補正
次に計算が必要となるのはバースの守備位置補正である。まず、該当シーズンにバースがどのポジションで何試合に出場したかを見る必要がある。彼は一塁手として125試合に出場した。彼の場合、複数ポジションをプレーしたことを考えなくてよいが、毎試合フル出場した場合に値するだけ打席に入ったかを確かめる必要がある。2 1/3守備イニングごとに1(打数+四球)を割り当て、該当シーズンで彼が何試合分のイニング数に出場したことになるか調べることにした(MAXを9イニングとして考える)。結果バースはフルイニング出場の評価となった。Baseball-reference.comはWARの守備位置補正を9イニングの150試合にベースを置いて行っているが、バースは9イニングで125試合である。1986年の一塁手の守備位置補正は-9.5。計算式は以下である。
150 × 9 = 1350
125 × 9 = 1125
1125 / 1350 × (-9.5) = -7.92
この計算式で導かれた-7.92がバースの1986年の守備位置補正となる。
WAA(平均的な選手に比べどれだけ勝利を上積みしたか)
勝利を求める前に、ここまでに計算してきたBRAA、FRAA、走塁得点、守備位置補正を足して、総合的に平均からどれだけ多くの得点を積み上げたか(Runs Above Average)を求める。
92.96 + (-1.64) + (-2.75) + (-7.92) = 80.7
次に上記の得点数を勝利数に変換しなければならないが、そのためには1勝利当たりにどれだけの得点が必要かを求める必要がある。ここではトム・タンゴが考えたRuns Per Winを計算する公式(1.5 × 1試合ごとのチーム平均得点 + 3)を参考にした。ここでは2チームの平均得点を用いているため1.5ではなく、0.75 ×1試合ごとの2チームの平均得点+ 3に変更した。
0.75 × 8.94 + 3 = 9.41
この計算式で導き出された9.41が1勝利当たりの得点となる。
次にバースのWAAを求めるために、RAAを1勝利当たりの得点で割る。
80.7 / 9.41 = 8.6
この計算式で導き出された8.6がWAA(平均的な選手に比べ上積みした勝利数)となる。
WAR(代替可能な選手に比べどれだけ勝利を上積みしたか)
平均的な選手と比べ上積みした勝利数がわかった。ここからWARを求めるためにはまず、平均とリプレイスメント・レベル間の貢献差でどれほどの得点を与えられるべきかを見つける必要がある。Baseball-reference.comは600打席あたり20.5得点という数字を使っているため、バースの打数+四球の535を600で割り、20.5で掛けた。
535 / 600 × 20.5 = 18.3
WARにするためには、上記の数字にRAAを足し、1勝利当たりの得点で割る。計算式は以下である。
(18.3 + 80.7) / 9.41 = 10.5
この計算式で導き出された10.5がバースの1986年シーズンのWARとなる。
ビクトル・スタルヒン(1939年)
次に投手の例を挙げたい。参考にするのは1939年のビクトル・スタルヒンである。
RAA (Runs Above Average)投球で平均的な投手よりどれだけ失点を抑止したか
まず、求めるのは投球で平均的な投手と比べどれだけ失点を抑止したかである。バースのケースと同様、ここでも使用するのはスタルヒンが所属したジャイアンツの試合での両チーム平均得点7.92である。1939年シーズン、スタルヒンは458 1/3イニングを投げている。平均的な投手がスタルヒンと同じイニングを投げた際どれだけ失点したかを求めるために、スタルヒンの登板イニングを17.86(両チームの9イニング合計からわずかに少ない数。Baseball-reference.comが使用している)で割り、それをジャイアンツの試合での平均得点で掛ける。そこからスタルヒンの1939年シーズンの失点数(114)を引く。
458.3333… / 17.86 × 7.92 = 203.14
203.14 – 114 = 89.14
この計算式から導き出された89.14が1939年シーズンにスタルヒンが平均的な投手と比較して抑止した失点(RAA)となる。
WAA(Wins Above Average)
1勝利ごとの得点を求める計算式はバースのときと同じくトム・タンゴの手法を参考にした。
0.75 × 7.92 + 3 = 8.94
RAA(89.14)を8.94で割る。
89.14 / 8.94 = 10
今回は登板数の80%以上がリリーフでの登板だった投手をリリーフ投手と定義し、MLBで200セーブ以上を記録した投手のLeverage Indexの中央値1.8であることを根拠にレバレッジを掛けている。しかしスタルヒンのリリーフ登板は80%を超えないため、この計算式から求められた10がスタルヒンのWAAとなる。
WAR(Wins Above Replacement)
次に、WAAからWARを出すためにリプレイスメント得点が必要である。Baseball-reference.comはリプレイスメントの価値を求めるうえで(20.5-1.8) / 100 × アウト数という計算をしているが、ここではアウト数の代替として1試合での投球回を用いる。ここでの投球回は上記にあるように17.86を使う。(20.5 -1.8)/100の計算式で求められた数を17.86で割り、0.0105を得た。これに平均得点(7.92)を掛け、さらにそれに投球イニングを掛ける。計算式は以下である。
0.0105 × 7.92 × 458.3333…= 38.10
この計算式から導き出された38.10はリプレイスメント得点となる。
WARを求めるために、リプレイスメント得点を1勝利ごとの得点で割る。上記にもあるように1勝利ごとの得点が8.94である。
38.10 / 8.94 = 4.3
この計算式で導き出された4.3がリプレイスメントと比較して上積みした勝利であり、これにWAAを足すことでWARとなる。
4.3 + 10.0(WAA) = 14.3
この計算式で導き出された14.3がスタルヒンの投手としてのWARとなる。
投手打撃
ここでは、これまでに無視されがちであった投手の打撃に目を向けたい。打撃の良い投手は自らのバットでチームに貢献することが可能である。スタルヒンの打撃貢献はバースと同じ計算方法を用いて進める。その年、スタルヒンは打撃で11.28得点分の打撃貢献を記録した。これを1勝利ごとの得点で割る。
11.28 / 8.94 = 1.3
この計算式から導き出された1.3はスタルヒンがバットで貢献した勝利数となる。
しかしながらこの数字は平均的な野手とも投手とも比較されていない。WARは投手の打撃を平均的な投手の打撃と比較して評価している。私はNPBの平均的な投手の打撃貢献をどう短縮して求めることができるかを考えた。解決策として0得点を創出した全投手のWARがどれほどになるか調べることとした。私はBaseball-reference.comを参考に、0得点の投手の中から、最もキャリアで打席数を稼いだ200投手を対象とした。合計では8046打席が集まり、これら投手の打撃面でのWARは-54.5。平均的な投手と比較して、0得点を創出した投手の100打席あたりの打撃面でのWARは-0.675であることがわかった。スタルヒンの1.3勝利は何とも比較されていないため、平均的な投手の得点創出を考慮して、相対評価にする必要がある。スタルヒンの1939年シーズンは187(打数+四球)であるため、100打席当たりの平均的な打撃貢献0.675に1.87を掛ける。
0.675 × 187 / 100= 1.26
これが平均的な打撃貢献の投手がスタルヒンと同じ打席をこなした場合の勝利数である。スタルヒンの打撃による勝利からこの1.26を引くことでスタルヒンのWARが求められる。
1.3 - 1.26 = 0.04 (0)
スタルヒンの攻撃面のWARは0となった。今回入手可能なデータを参考にした中では、Baseball-reference.comがたどり着くであろう数字にとても近い結果となった。そして、攻撃面でのWARを投手としてのWAAとWARに足す。
0 + 5.2 WAA = 5.2 WAA
0 + 9.5 WAR = 9.5 WAR
これらが1939年のスタルヒン評価となる。次回パート2では、実際に「外国人史上最強」チームを作っていく。
パート2へ続く。
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