一般的な野球のセオリーとして、投球は低めに集めることが推奨される。低めの変化球を空振りするシーンや、高めに浮いた球を痛打されるシーンが幾度となく見受けられることからも、このセオリーには妥当性があるようにも感じる。しかし近年、MLBではストレートをあえて高めに投球する効果が評価されつつあるようだ。今回はどういった裏付けがありこのような現象が起こっているのか、MLBのデータで確認したうえ、この投球戦略がNPBでも通用するかも検証する。

ストレートを高めに投げ始めた田中将大

まず身近な例から紹介したい。田中将大(ヤンキース)はMLBでも決め球のスプリットやスライダーを武器に活躍しつづけている。ただここ数年はストレートを打ち込まれることが多く、成績が向上しない大きな要因になっていた。そんな田中は、今季そのストレートをあえて高めに集める傾向を強くしているようだ。

まず図1の水色の折れ線に注目してほしい。これは各打者のストライクゾーンの中心を0においた場合、田中がそれと比べてどの高さにストレートを投じていたかを示したものだ。

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2016年の田中はストライクゾーンの中心よりも4.3cm低い位置にストレートを投げ込んでいた。しかしそこから年々ストレートを投げるコースは上昇。今季はここまで8.5cmも高い位置にストレートを投げ込んでいる(7月3日終了時点)。2016年と比べると約12.8cmも高いコースに投じているようだ。

そしてこれがストレートの成績改善につながっている。次はオレンジの折れ線に注目してほしい。低めに投げ込んでいた2016年はストレートの空振り率(空振り/ストレート投球)は5.3%だったが、投球コースが高くなるごとに毎年値は上昇。これまでで最も高めに投げ込んでいる今季は、8.4%と空振り率を大きく上昇させている。ここ数年ストレートが課題となっていた田中だが、投球コースを高めに上げることで問題を克服しているようだ。

このように高めのストレートで空振りが増加するのは田中に限った話ではない。MLBにおける投球の高さとストレートの空振り率の関係を表した図2を見てほしい。この図は各打者のストライクゾーンの中心を0cmとし、左側にいくほど低め、右側にいくほど高めのコースであることを示している。左右に設けた黒い縦線は全打者のストライクゾーンの下限、上限の平均である。枠線に囲まれた真ん中の領域が平均的なストライクゾーンということだ。

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これを見るとストレートの空振り率は、ゾーン下限付近では2.5%前後と高くないが、そこからコースが高くなるにつれ上昇。ゾーン上限付近では17.5%を超えるほどに高くなっている。高めであればややボール気味の球でも空振りを奪いやすく、いわゆる「高めの釣り球」が威力を発揮していることがわかる。田中のストレート空振り率の改善もこうした傾向通りの結果といえるだろう。

高めのストレートは当たりにくいだけでなく振りやすい

このデータを見て高めの空振り率が高い原因は、高めの球がバットに当たりにくいためだと理解する人もいるかもしれない。確かにストレートに対するコンタクト率(コンタクト/スイング)は、コースが高くなるに従い低下する(図3)。ストライクゾーン内ではコースが高ければ高いほどバットに当てにくく、低めは最も当てやすい。

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しかし高めで空振りが増加する要因はそれだけではない。ここで空振りが発生するプロセスを改めて確認しておこう。

空振りは、まず①打者が投球に対してスイングし、②コンタクト、つまりバットに当てることに失敗した場合に発生する。さきほど②コンタクトの話をしたが、①でスイングしなければそもそも②にはたどり着かない。①でスイングする確率が高いかどうかは空振りが発生するかどうかに大きな影響を与える。

ここで①がどの程度起こっているかを表すスイング率を、投球高さ別に見てみよう(図4)。スイング率はストライクゾーン低めでは30%前後と低く、そこから投球が高くなるほどに上昇。ゾーンの中心よりも若干高い位置では60%以上と最も高くなっている。あまり実感にないかもしれないが、ストレートに対してスイングする頻度は投球の高さによって大きく変わっているのだ。高めは、②コンタクトしにくいだけでなく、①スイングされやすい性質があるため空振りが発生しやすいというわけだ。

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逆に、低めのストレートはゾーン内でもスイングされにくいため見逃しストライクの割合が高い(図5)。空振りが少ないかわりに見逃しでストライクを増やせるため、0・1ストライクでのストライクカウント増加率(以後、カウントアップ率と呼ぶ)は高さによって差が出ていない(図6)。0・1ストライク時にストレートでカウントアップを狙う場合、低めと高めどちらに投げるのもどちらにも一定の妥当性があるといえる。

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ただこういった傾向も2ストライクになると変わるようだ。2ストライクからの投球が見逃し・空振り問わず三振になった割合を表すPut Away%を見ると、ストライクゾーン下限付近で25%以上と最も値が高くなっている(図7)。2ストライク時には、ストライクゾーン内ギリギリに投げられるのであれば低めの方が三振を奪いやすいようだ。

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2ストライクになると打者も空振り三振を恐れて、バットに当てることを重視することも多いだろう。これにより空振りによってストライクを得ていた高めよりも、見逃しでストライクを奪う低めの三振が相対的に優位になっていのだと思われる。しかし投球がゾーンより少しでも低くなった場合、見逃しも空振りも期待できないため三振は激減する。

一方、高めはゾーン内こそ低めより三振を奪いにくいが、多少ゾーンから高めに外れてもスイングされやすく、空振りで三振を多く奪っている。ストレートで三振を狙う場合、精密なコントロールがあれば低めを狙うことも有効だが、そうでない場合は高めのほうが確率が高そうだ。

打球が発生した場合

ここまではストレートの高さが結果にどのような影響を与えるか、打球が発生する前の段階を見てきたが、ここからは打球が発生して以降に注目する。高めでいくら多く空振りが奪えても、当たった場合に高確率で長打になるのであれば、やはり高めのストレートは推奨できない。どういった打球になるかの検証も必要だ。

ここでは打球の危険度を測る指標として、xwOBAconを使う。MLBでは打球速度や角度、飛距離など詳細な打球データが公開されているため、危険度を測るにはこれらを見ればよいと考える人もいるかもしれない。しかし野球というゲームにおいて重要なのは、速度や角度、飛距離それ自体よりもそういった打球がどの程度得点に影響を与えるかだ。よってこの分析ではセイバーメトリクスの手法により得点への影響を考慮した指標を使用する。

xwOBAconはwOBA(weighted On-Base Average)の変形指標である。wOBAは打者が打席あたりにどれだけチームの得点増に貢献しているかを評価する総合的な打撃指標だ。出塁率+長打率で表されるOPSをより詳細に計算したものだとイメージしてもらえればよい。

そのwOBAに「x」がついたxwOBAは、凡打、二塁打、併殺打など実際の打席結果を直接評価するのではなく、打球速度や角度などから、それらがどの程度得点につながりやすいパフォーマンスだったかを推定する。はじめに紹介したxwOBAconはこのxwOBAにさらに「con」がついたものだ。「con」は「contact」を表す。四球や三振も評価の対象になるxwOBAを、打球が発生したケースに限定したものが「xwOBAcon」だ。どの程度打球が危険だったかをトラッキングデータから推定した結果だと考えてもらえればよい。

xwOBAconを確認すると、ゾーン内では高めのほうが低い値になっていることがわかる(図8)。打球を前に飛ばされた場合、低めより高めの方が安全な打球になる傾向があるということだ。例えば0・1ストライク時のカウントアップを狙う場面(図6)では、高めも低めもどちらも同程度ストライク増加に成功していたが、この打球データとあわせて考えると、より安全にカウントを稼ぎたい場合は高めが有効になる、と考えられる。

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総合的にみてストレートはどの高さに投げるのが有効か

打球発生以前、発生以降からそれぞれストレートを高めに投げることの効果を分析してきた。これらをすべて総合するとどのように評価できるだろうか。打球の危険度を表すxwOBAconに、三振・四球など打球発生以前のプレーも評価対象に加えたxwOBAで、ここまでの要素を総合的に見てみよう。どの高さのストレートが得点につながりやすいかを表したものが図9だ。

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ストライクゾーン内で比較すると、低めより高めでxwOBAが低くなっている。高めのストレートのほうが得点につながりにくい傾向にあるようだ。

ただこれも、三振が発生しうる「2ストライク時」という条件をつけると傾向は少し変化する(図10)。図9では低めより高めで明確にxwOBAが低くなっていたが、2ストライク時に限定すると、その差は小さくなっている。2ストライク時においては低めのストレートも有効なようだ。ただそれでも全体的に見れば、高めのストレートが優位な結果になりやすかった。

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NPB編につづく
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