ここ最近、日本ではあらためてデータに基づいたバントの有効性検証が進んでいる。先日、1.02では各球団がバントによりどれだけ損をしているかの検証記事も公開された。以前筆者も複数の状況においてバントの有効性検証を行っている。そこではバントが有効的な場面が極めて限定的であることがわかっている。

ただ当時筆者が分析を行った頃から比べると、DELTAも新たなデータの蓄積が進んでいるようだ。現在ならより詳細な分析が進められるため、あらためて検証していきたい。今回このシリーズではバントについて3つの検証を行う。今回は能力が『「極めて高い投手」vs「極めて低い打者」でもバントは有効ではないのか?』だ。以前も投手と打者の能力差を考慮した分析を行ったが、より詳細なグループ分けを行ったうえで分析してみたい。

検証の前提

筆者は以前打者や投手を能力別にグループ分けし、バントをしたorしなかったときの結果を比較し有効性を測った。しかし、この中で一見最も有効に思える「能力が高い投手vs能力が低い打者」であっても、バントが有効とは考えられないとの結論に至っている。今回はよりグループ分けを細かく行うことで、バントが有効と言える場面がないか再検討を行った。

前回同様、打者、投手ともにグループ分けに使ったのはwOBA(被wOBA)である。wOBAとは1打席あたりの得点貢献度を表す総合打撃指標だ。OPSのようなイメージの指標と捉えてもらえればよい。

このwOBA(被wOBA)を.380を超える、.350を超え.380以下、.310を超え.350以下、.280を超え.310以下、.280以下の5つのグループに分けた。以前に無死一塁からのバントを対象として行った検証では、打者をwOBAが.350を超える、.310を超え.350以下、.310以下と3つに分けていたが、グループの両端を細分化したかたちになる(図1)。

なおわかりやすくするため、原稿内では能力が高い方から打者なら①~⑤の番号が、投手ならA~Eのアルファベットがついている。

具体的には①wOBA.380を超える打者は概ね規定到達打者の上位10%前後でリーグでもトップクラスの打者が揃う。これに対して⑤wOBA.280は規定到達打者の中では下位5%ほどのリプレイスメント・レベルをわずかに上回る程度だ。聞きなじみのある指標に換算すると、打率は2割台前半、出塁率が2割半ばから後半、長打率が3割台前半の打者あたりが該当する。OPSでいえば.600前後の打者だ。より打力の低い打者に絞ることで、バントが有効な場面を見つけやすくした。

また以前の検証ではプレイの後に1点以上が入ったかどうか、実際の得点確率を用いて有効性の検証を行っていた。しかし、このような方法では、その後の打者の結果がノイズとなってしまうことは避けられない。例えば、無死一塁からバントが失敗して1死一塁となった後、次の打者が本塁打を打った場合には、「得点あり」に含めて計算をしており、無死一塁からバントしてヒットになり、無死一二塁となった場合でも、その後に三者連続で凡退して無得点に終わった場合には、「得点なし」に含めて計算を行っていた。

しかしこれらの結果は、本来的には後続の打者に帰属させるべきで、検証の精度を下げるものと考えられる。そこで、今回は、2019年から2023年までのデータを用いて、走者状況とアウトカウントから、得点期待値(イニング終わりまでに何得点が期待できるか)、得点確率を算出。プレイ前後でそれらがどのように変化したかを調べ、これらの数値を平均することで、バントしたorしなかった場合でどちらが得点期待値や得点確率を高めることができたかを比べた。これによって、後続の打者の影響を排除して、無死一塁からのバントの効果を比較できる。

なお、今回のバントに関する一連の検証記事では、打者が投手の場合の結果については、あらかじめ除外している。特に断りがない場合は、対象となっているのはいずれも打者が野手の場合である。


能力別に分類したグループそれぞれのバントの効果

まず、打者の能力によってバントの企図率がどのように変わっていくのかを見ていく。無死一塁でのバントは次のとおりだ(表1)。

当然ながら、能力が低い打者ほどバント企図率は高くなっている。また、①のwOBAが.380超のグループではバント企図は29回に過ぎず、数値のブレが大きくなることが予想される。もっとも、このようにかなり能力が高い打者を打たせることなくバントをさせることが有効でないことは言うまでもない。今回の検証の主たる目的は能力がかなり低い打者の場合を調べることであるため、あまり気にする必要はない。

次にバントをしたorしなかった場合での得点期待値の変化を見ていく(表2)。

得点期待値の変化を見ると、バントをした場合どのグループの打者も期待値を低下させてしまっている。またどのグループでもバントをしなかった場合に比べした場合のほうが期待値の低下幅が大きい。最も能力の低い⑤のwOBAが.280以下のグループですら、バントをしない場合の方が得点期待値の低下幅は小さい。しなかった場合は得点期待値が平均で0.082下がるが、した場合には得点期待値が0.147とそれ以上に下がる。

またバントをする・しないにかかわらず、①~⑤へと打者の能力が低下するとともに、得点期待値は低下していくが、した場合の低下幅はしなかった場合と比べて緩やかになっている。そのためどこかのポイントでしなかった場合の得点期待値低下がより大きくなるだろうが、そのポイントはリプレイスメント・レベルよりも相当に低いことが予想される。

続いて、得点確率の変化を見ていく(表3)。

バントをした場合は、どのグループでも得点確率が低下している。しかし、⑤のwOBAが.280以下の場合には、バントしないとそれ以上に得点確率が下がるため、バントをした場合の方が、得点確率の低下を抑えられている。得点期待値では話にならなかったが、得点確率を基準とすれば、かなり能力の低い打者の場合にはバントをした方が良いとも考えられる結果となった。

しかし、このシリーズで後述する理由から単純にそう考えられるとはいえない。

ここまでは打者の能力に着目してグループ分けを行ったが、ここからは投手の能力に着目してグループ分けを行った結果を見ていく。

投手の能力に着目しても、被wOBAが低いほど(投手の能力が高いほど)バント企図率が高くなる傾向にある(表4)。ただし、打者ほどその影響は顕著ではない。以前の検証でも同様の傾向が見られており、バントするか否かの判断は相手投手よりも打者の能力の影響が大きいようだ。

得点期待値で見ると、投手の能力が高いほどバントしたorしなかったときの差は縮まっている(表5)。しかしいずれもバントしたときの方が得点期待値は低い。打者の能力に着目したときと同様に、得点期待値を基準とするとバントの損益分岐点は相当に低いと考えられる。

続いて、得点確率の変化を見ていく(表6)。

バントをするといずれのグループでも得点確率は低下する。しかししなかった場合でも、Aの被wOBAが.280以下、Bの.280を超え.310以下のグループでは得点確率は低下している。そしてAの.280以下のグループではバントをしなかった場合の方が、得点確率が大きく低下している。

打者の能力別に分けた場合と同様の結果となった。

まとめ

ここまでの結果からすると、得点期待値的には打者の能力が極めて低い場合、投手の能力が極めて高い場合であってもバントは有効ではない。ただ得点確率的には「極めて能力の高い投手vs極めて能力の低い打者」のように、ヒッティングをさせても良い結果が期待しづらい場合には、バントをさせた方がまだ良いといえそうだ。

ただこれがバントをするorしないべきの最終的な結論とは言えない。ここまでの検証ではバントを試みたものの打席途中でヒッティングに切り替えたケースの存在を考慮できていないためだ。次回はこの点も考慮したより詳細な検証を行っていく。

続きはこちらから『途中でヒッティングに切り替えた場合も考慮したバントの有効性検証』

市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート6』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。
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