サッカーは選手やボールが複雑に絡み合う動的なスポーツである。それゆえに野球のようなデータ分析、選手評価は難しいと考える人が多いのではないだろうか。実際、野球界、特にMLBでは選手の
総合評価指標WAR(Wins Above Replacement)が市民権を得ているが、サッカーにこうしたスタッツは見られない。リオネル・メッシについて、ゴール数が話題になることはあっても、そのさらに先の目標である「チームの勝利をどれだけ増やしたか」が議論の的になることはない。選手評価においてサッカーはまだまだ未熟に映る。しかし実はサッカー界にも、野球に似た評価を用いて強化を行い、大きな成功を収めた例がある。イングランド・プレミアリーグに所属するリヴァプールFCだ。今回は野球とサッカーにおける評価の違いを比較しながら、リヴァプールFCがいかにして総合評価指標を作り上げたか、また活用しているかを紹介したい。
1.サッカーデータのこれまで
はじめに、サッカーにおいてそもそもデータがどのような立ち位置にあるかを確認したい。前述したようにサッカーは動的なスポーツである。それゆえに分析どころか、その前提となるデータ取得の時点で難しく、一般的に出回るデータ、スタッツも野球に比べると少ない。
現状すでにあるサッカーのスタッツとしてどういったものが思い浮かぶだろうか。ゴールやアシスト、シュート、枠内シュート、パス、パス成功率、走行距離、スプリント、ポゼッション率、タックル、デュエル、セーブ率――。基本的にはこういったところだろう。
前述したように、現在MLBでは総合指標WARによる選手評価がスタンダードとなっている。WARとは「代替可能選手が出場した場合に比べ、その選手がチームの勝利をどれだけ増やしたか」。要するに勝利貢献度だ。MVPに誰がふさわしいかの議論も、MLBではこのWARをベースに行われる。WARの発明により、これまで曖昧だった「どの選手がどの程度チームの勝利を増やしているか」を具体的に把握できるようになった。そして球団のオーナーはこのWARをベースに、選手にどの程度の契約を与えるかを検討する。WARがあれば、プレーの先にある最終目標である「勝利」に対し直接投資することができるのだ。強化を行うフロントにとっては、夢のスタッツである。
だがさきほど紹介したサッカーのスタッツは、WARとは決定的に異なる。どういった点で異なるかを把握するために、まずWARの特性を把握しよう。個々の選手が勝利にどれだけ貢献したかを表現するために、WARには以下の特性がある。こういった条件をクリアできれば総合評価として十分と言い換えてもよい。
- (1)選手単位で表現できる
- (2)一部の場面に限定されないプレー全体の評価である
- (3)単位は勝利(あるいは得失点)で表現され、大きいほど勝利貢献度が高いと判断できる
- (4)異なるポジション、役割の選手を1つのスタッツで比較できる
- (5)ある基準からどれだけ優れているか(劣っているか)、相対評価を用いる
そしてさきほどのサッカーのスタッツにこれら5つの条件を同時に満たすものはない。例えばゴールは(1)選手単位で表現できるが、(2)、(4)、(5)には当てはまらない。(4)については、ゴール数でディフェンダーやゴールキーパーの適切な評価はできないだろう。
ただ近年はサッカー界にも新しいスタッツが数多く登場している。例えばxG(Expected Goals)だ。xGはシュートの場面におけるゴール期待値を表すスタッツである。ゴールまでの距離や角度をベースとし、そのシュート場面がゴールをどの程度期待できるものだったかを表現する[1]。チャンスの質を評価するスタッツと言ってもいいかもしれない。xGと実際に奪ったゴールを比較することで、シュートの質を評価する分析もある。
しかしこれも総合的な評価にはなりえない。さきほどの条件でいうと、(2)や(4)に当てはまらない。サッカーの中でシュートにまでつながるプレーはほんの一部。大半の攻撃はシュート発生以前に中断される。そのためxGは試合における大半のプレーを評価対象にできていない。シュートにつながらない部分で大きな貢献を果たした選手が評価されないのだ。こういった点でxG関連のスタッツ[2]は、WARのような総合評価になりえていない。
ほかにはWin Probabilityもある。これは試合の勝利確率を表すスタッツだ。イングランド・プレミアリーグの試合においては、中継中にライブで更新された数値が表示されるため、ご存知の方もいるかもしれない。Win Probabilityは試合の残りを10万回シミュレーションして導き出した勝利確率だ[3]。4年分の試合データに基づき、チームがホームかアウェイか、現在のスコア、与えられたペナルティ、ピッチ上の選手、レッドカード、試合の残り時間を考慮して算出するという。
ただ、これについてもさきほどの5つの条件をクリアできない。(1)選手単位で評価できず、またそもそもプレーの評価ではないため、(2)や(4)にも当てはまらない。
このように現状のサッカー界には、WARのように、全選手の勝利貢献度をそれ一つで比較できるスタッツは存在しない。
2.サッカーにWARが生まれない理由
ではなぜサッカーにWARのようなスタッツが生まれないのだろうか。これは逆に野球でなぜ実現したかを考えてみるとわかりやすい。野球で実現した理由は大きく2つ。「1.勝利と得失点との関係」、「2.得失点とプレーとの関係」。この2つの把握に成功したためだ。
どういうことだろうか。まず「1.勝利と得失点との関係」から見ていこう。
野球もサッカーも試合の目的は勝利。そしてその勝利のためには得点で相手を上回る必要がある。これはどちらのスポーツにも共通している。
この法則は1試合単位であれば当然有効だ。得点で上回ったチームが勝利する。ただ野球の場合、1試合単位だけでなく、シーズン単位でみても同様であることがわかった。つまりシーズンレベルで得失点差が大きいほど勝率が高くなる傾向がわかったのだ。得失点差と勝率の関係を表した図1を見てほしい。プロットは綺麗な右肩上がりの直線を描いており、得失点差と勝率が強く関係している様子がわかる。強いチームというと接戦をものにする抜け目ないイメージがあるかもしれないが、実はその大半は得失点差の時点で優位に立っているのだ。
そしてこの関係を利用し、得失点差から妥当な勝率を導き出す手法も発明されている。ピタゴラス勝率である。以下の式を使えば、プロ野球チームの妥当なシーズン勝率を計算することができる。
ピタゴラス勝率=得点2÷(得点2+失点2)
実はこのピタゴラス勝率、サッカーにも応用できることが報告されている[4]。研究によると、J1の場合、(得点1.67)/(得点1.67+失点1.67)で、妥当な勝率を求められるようだ。要するに、得失点差が勝率と大きく関係しているのは野球もサッカーも同じ。つまりWAR実現のための第一条件「1.勝利と得失点との関係」の把握については、すでにサッカーも成功しているのだ。
となると残りは「2.得失点とプレーとの関係」の把握である。さきほどの1を「得失点差の勝利化」と考えると、2は「プレーの得点化(失点化)」と言い換えてもいいだろう。
まず野球においてプレーの得点化がいかに実現したかから説明しよう。はじまりは「得点期待値」の発見だ。野球は試合中のどんな状況も走者状況とアウトカウントで24種類の場面に分類することができる。この分類ごとにイニング終わりまでにどれだけ得点が入ったかを集計することで、各状況が持つ期待値がわかったのだ。
表2が得点期待値表である。2020-22年のNPBにおいて無死走者なしの得点期待値は0.425。イニング開始時点では終了までに0.425得点が期待できたようだ。期待値が最も高い無死満塁だと2.121点、最も低い2死走者なしだと0.075点。表にはないが3アウトは0点と考えることができる。
この得点期待値表がプレーの得点化の足がかりとなる。各状況を単独ではなく、並べて推移を見てみよう。無死走者なしから無死一塁への変化は得点期待値を0.425から0.806に上昇させる。差は0.381点。無死走者なしから無死一塁への単打には、0.381得点分の価値があるようだ。
ただ単打もシーズンを通すといろんな場面で発生する。0.381点より価値が高いものもあれば低いものも様々だ。これをシーズン通して集計することで、単打の平均的な価値がわかってくる[5]。これが得点価値である。各プレーの得点価値が表3だ。単打については0.434点、本塁打については1.407点の価値があった。そしてこれは打撃に限った話ではない。投手が三振を奪うこと、四球を与えること、野手が守備時にアウトをとること。得点期待値をベースに応用すれば、野球のあらゆるプレーを得失点の単位に換算できる。
そしてサッカーで実現していないのは、このプレーの得点化である。野球の場合、得点化の前段階として得点期待値が開発されたが、サッカーにはまずこれが存在しない。「2.得失点とプレーとの関係の把握」。これが総合評価誕生を阻む最大の障害である。
ただサッカーにおける得点期待値算出は容易ではない。例えばすぐ思いつくアイデアとして、ピッチを分割し、各エリアからの得点確率を集計する方法がある。野球が走者状況とアウトカウントで状況を分割したように、ピッチを分割するのだ。当然期待値はゴールから遠ければ低く、ゴール目前であれば高くなるだろう。
しかしこの手法で生まれた得点期待値は実態とは大きくかけ離れたものとなってしまう。例として図3に一つのパスを例示しよう。ピッチ上の●は相手選手。この場面で①から②にパスが成功したと考えてほしい。オフサイドは発生していない。
状況Aにおけるこのパスは敵陣を切り裂く効果的なスルーパスだ。②の位置で受けた選手はキーパーと1対1。得点の可能性が極めて高い場面を迎えている。このパスは得点期待値を大きく上昇させるだろう。
状況BもAと全く同じ位置から同じ距離、角度のパスである。しかしこの状況で得点期待値はほとんど上昇しないはずだ。状況AとBで異なるのは選手の位置関係である。Aのパスが多くの相手選手を置き去りにしたのに対し、Bのパスは1人もかわすことができていない。②で受けた選手の前方には依然として11人のディフェンスが残っている。このように同じエリア間のパスでも、周囲の状況によってその価値は全く異なってしまう。それゆえに単純にピッチを分割し得点期待値を求める手法ではうまくいかなそうだ。
得点期待値は野球においてもはや古典的な産物である。しかし複雑で動的なサッカーにおいてこれを算出するのは、現在においても極めて難易度が高そうだ。
3.リヴァプールFCが作り出した総合評価指標“GPA”
だが実はこうした問題は一部においてはすでに解決されているようだ。これを行っているのがイングランド・プレミアリーグに所属するリヴァプールFCである。
リヴァプールFCは2010年代に最も大きな躍進を遂げたサッカークラブの一つだ。2000年代後半は古豪クラブの一つに過ぎなかったが、2017-18年から2021-22年の5シーズンで欧州王者を決めるチャンピオンズリーグの決勝に3度進出し1度優勝。2019-20年には30年ぶりの国内リーグ制覇も達成した。
素晴らしい成績を残しているリヴァプールFCではあるが、他のビッグクラブを圧倒する資金力があったわけではない。資金力で勝るクラブを上回るには、賢く効率的にお金を使う必要があった。そのためにデータ分析に頼ったのだ。
さてリヴァプールFCは得点期待値がないサッカー界で、いかにしてプレーの得点化に成功したのか。これはクラブのアナリストであるティム・ワスケットが王立研究所での講演で披露した映像資料から伺い知ることができる。この資料では「ある状況から15秒以内にゴールが決まる確率をビジュアル化したモデル」が公開されている。
ただその資料を見る前に、まずこのモデルがどういった要素により成り立っているかから解説したい。それは(少なくとも)2つのモデルの掛け合わせによって生まれたようだ。
1つ目のモデルは「Pitch Control(ピッチコントロール)」だ。Pitch Controlとは、スポーツのデータ・映像分析を行うHudl社のウィリアム・スピアマン(のちにリヴァプールFCに加入)が生み出した分析モデルである。簡潔に述べるならば、どの選手がピッチ上のどれだけの領域を支配しているかをビジュアル化したものだ。
以下はPitch Controlの分析動画である。◯が選手の位置を示しており、ピッチ上は赤、白、青のグラデーションにより各選手の支配領域がビジュアル化されている。動画を再生すると、ポジション変化により支配領域がどのように動くかを確認できる。
このPitch Control算出のベースになっているのが「ボロノイ図」だ(図4)。ボロノイ図とは、平面上に設定された複数の母点(座標)をもとに、どの母点に最も近いかによって平面上の座標空間を分割した図である。一般的にはどこに住んでいる子供がどの小学校に通うべきか、校区を検討する際などに使われる。
図4 ボロノイ図
このボロノイ図の母点をサッカー選手のピッチにおける座標で置き換えるのだ。ボロノイ図を使って選手の支配領域を表した例が以下の動画(3:35-)である。選手の位置がプロットで示されており、プロットから出ている矢印が進行方向。矢印の長さがスピードを表す。この動画では左に位置する青の選手がボールを支配しているようだ。
ただこのボロノイ図ではピッチ上の実態を反映できていない。サッカー選手の支配領域は実際には距離だけで決まるわけではない。距離が近くても追いつくのに時間がかかれば、より遠い選手にボールを支配されてしまう。距離では支配領域を適切に設定できないのだ。
その問題を解決するため、支配領域算出のパラメータとして距離ではなくボールに到達するまでの時間を採用するアイデアが生まれる。トラッキングデータで取得した進行方向、速度などの情報をもとに、到達するまでの時間を算出。それをもとに作り直したボロノイ図が以下の動画(4:46-)だ。ボールの位置は変わらないが、支配する選手が青から赤に変わった様子がわかる。
ただ現実のサッカーにおいての支配領域はこれほど明瞭なものではない。現実は様々なファクターが絡むことで不確実性が生まれる。こうした現実に対応するため不確実性を考慮したものが以下の動画である。このボールはどちらが支配できるかやや曖昧なポジションにあったことがわかる。
そしてこの対象をピッチ全体にまで拡張したものがさきほど紹介したPitch Controlだ。これによりどのエリアが誰に支配されているかの情報を、ピッチ全体に敷き詰めることができた。
しかしPitch Controlそのものは選手の支配領域をビジュアル化したに過ぎない。これをもってプレーの得点化を行うことは不可能だ。「ある状況から15秒以内にゴールが決まる確率をビジュアル化したもの」のうち、「ある状況から15秒以内にゴールが決まる確率」の部分についてはPitch Controlとは別のモデルに頼る必要がある。
ただこの別のモデルについて、はっきりしたことがわかっているわけではない。詳しくは公開されていないのだ。おそらくクラブ独自の得点モデルを掛け合わせているものと思われる。ともかく講演で公開されたモデルは(少なくとも)2つのモデルの掛け合わせにより生まれているようだ。
それではこうして算出された「ある状況から15秒以内にゴールが決まる確率をビジュアル化したモデル」の一端を見ていこう。ワスケットの講演で例示されたのは2019年12月4日に行われたリヴァプールFCとエヴァートンFCの対戦。リヴァプールFCが相手のコーナーキックの流れからボールを奪い、ロングカウンターでゴールを奪った以下の動画のシーンだ。ゴールシーンを見てからのほうが理解しやすいため、ぜひ一度再生してみてほしい。
得点期待値:1.3%
続いて以下の動画を再生してほしい。この動画ではさきほどのゴールシーンにおける選手とボールの位置、そしてその得点期待値が示されている。ロングカウンター開始の直前、ボールを奪っていざ攻め上がろうとするタイミングにおけるものだ。黄色く示されているのがボール。左から右に攻めるのがリヴァプールFCだ。この時点でリヴァプールFCの得点期待値は1.3%。前方に広大なスペースが広がるチャンスに思えるが、この時点での期待値がさほど高いわけではない。
赤のグラデーションで示されているのは次にボールをどこに移動させれば期待値が高いかだ。色が濃いほど得点につながりやすいエリアであることを示している。これが「相手が支配できず」、なおかつ「15秒以内に得点する確率が高い」エリアというわけだ。この図で言うと上部にあたる左サイドの味方にボールを預ける、あるいは一旦後方の味方にボールを預ける、または右サイドにロングボールを蹴りフリーの味方に渡す、の3つが期待値の高い選択肢のようである[6]。
得点期待値:1.3%→1.6%
以下の動画はさきほどの約1秒後のシーンだ。さきほどボールを持っていた選手は数ある選択肢の中から左サイドの味方にボールを渡すことを選んだ。結果的にさきほど1.3%だった得点期待値は1.6%に上昇。1.6-1.3=0.3。このパスは0.3%得点分の価値を生んでいる。つまりこのパスは得点を0.003点増やしたと考えられる。ここで初めて一つのプレーを得点化することに成功した。
グラデーションにも変化が生まれている。さきほどは有力な選択肢が3つ以上あったが、ここでは主に2つに絞られた。ドリブルで前進するか、あるいはセンターサークル内でフリーになっている味方の前方に渡すかである。ただここではドリブルでの前進がより期待値を高める選択肢のようだ。
得点期待値:1.6%→7.2%
以下の動画に移る。左サイドでボールを保持していた選手は、ドリブルで内側に切れ込みながらボールをペナルティエリア目前まで運んだ。グラデーションが最も濃い、期待値の高い選択肢を選んだようだ。このシーンにおける得点期待値は7.2%。7.2-1.6=5.6。このドリブルは得点期待値を5.6%上昇させている。スピードのある選手なら周りを置き去りにし、より期待値も上昇させられたかもしれない。
ワスケットが講演で公開したのはここまで。以降の期待値がどう変動したかはわからない。実際の試合ではこのあとボールはペナルティエリア外中央の味方に渡され、受け手はそれをダイレクトでゴールに流し込んだ。この講演ではわずか3つの期待値しか示されていない。だが各プレーによって期待値がどう変動するか、そのダイナミズムは感じとれたのではないだろうか。
この期待値変動をそれぞれのアクションを行った選手に割り当てることで、選手のプレーを得点化することができる。パスやドリブル、シュートだけでなく、ゴールキーパーのセーブも、ディフェンダーのタックルも、ミッドフィルダーのインターセプトも、スローインもすべてを得失点という同じテーブルの上で比較できるのだ。総合評価を行ううえで最大の難関であった「プレーの得点化」はこのように実現している。
またクラブのリサーチ部門ディレクターであるイアン・グラハムは選手評価において、「プレミアリーグの平均的な選手と比べた得失点差への影響」を気にしていることを公言している[7]。こうして導き出したスタッツを他選手と相対化して表現することで、選手の価値を推し量っているようだ。クラブはこうした発想で作り上げた総合評価指標をGPA(Goal Probability Added)と呼ぶ[8]。さきほど紹介したWARに必要な5つの条件をあらためて見直してみてほしい。GPAはそれらをすべてクリアしているはずだ。WARのような総合評価指標はサッカー界でもすでに実現しているのだ。
- (1)選手単位で表現できる
- (2)一部の場面に限定されないプレー全体の評価である
- (3)単位は勝利(あるいは得失点)で表現され、大きいほど勝利貢献度が高いと判断できる
- (4)異なるポジション、役割の選手を1つのスタッツで比較できる
- (5)ある基準からどれだけ優れているか(劣っているか)、相対評価を用いる
4.GPAが絶大な威力を発揮する移籍市場
次はこうして算出された評価がどのように活用されているかに着目する。リヴァプールFCはGPAを用いることで、各選手のパフォーマンスがどうだったか、チームのどこにどの程度の強み・弱みがあるのか、定量的に把握することができる。
ただこの選手評価が最も威力を発揮するのは移籍市場においてのようだ。サッカーは世界で最もポピュラーなスポーツである。欧州に限らず、南米、アフリカ、アジアとサッカー選手は無数に存在する。クラブはそんな中から誰の獲得に動くか、選手の力量を見極めなければならない。
しかし見極めるといってもこれほどの選手を実際に見るのは不可能である。クラブはそれほど多くのスカウトを抱えることができない。多くの選手を見ようとするほどコストも膨れ上がる。ではどのようにスカウティングを行うのが効率的だろうか。
このときに役立つのがさきほどのGPAである。リヴァプールFCは実際に選手をスカウトする前に、GPAを使って選手の「フィルタリング」を行っているとのことだ。スカウトはすべての選手を見ることはできない。対象は絞らなければならない。こうした状況において、GPAは「本当に見るべきはどの選手なのか」を教えてくれる[8]。
ただGPAはトラッキングデータを前提とした評価手法である。算出には選手がどの位置にいるか、どの方向にどのくらいのスピードで移動しているかなど、トラッキングシステムでしか取得できないデータが必要となる。となると、システムが導入されていないスタジアムで行われた試合ではGPAを算出することができない。そしてこうしたスタジアムは世界レベルで見るとかなり多い。これではより多くの選手をフィルターに掛けることができなくなる。
この問題を克服するため、クラブはテレビ中継映像から得た情報をトラッキングデータに変換する技術に投資を行った[9]。普段我々が見ているサッカー中継の映像から選手やボールの位置を自動で認識し、「疑似トラッキングデータ化」する技術である。当然中継映像には全選手の動きが映っているわけではない。ただ開発を行ったSkillCorner社はそこを高い精度で補完することに成功し、中継映像を「疑似トラッキングデータ」として取得することが可能になったようだ。
これによりリヴァプールFCはトラッキングシステムがないリーグの選手でも、中継さえあればフィルタリングを行うことが可能となった。フィルタリングの網は格段に広がったのだ。
フィルタリングの影響もあってか、2010年代半ば以降リヴァプールFCの補強は数少ないながら凄まじい成果を挙げている。リサーチ部門ディレクターのグラハムはこうしたデータを活用すると「典型的なサッカーファンやスカウトの目から見るとパッとしないが、データでは輝く選手を発見できる」と述べている。かつて出塁率の高い打者に注目したオークランド・アスレチックスと同じである。リヴァプールFCは「マネー・ボール」のように、過小評価された選手をデータにより発掘することで資金力に勝るクラブと互角以上の戦いを見せているようだ。
5.サッカーにセイバーメトリクスを持ち込んだ男
最後にこうしたデータ分析・評価がなぜリヴァプールFCにおいて実現したかについて触れておきたい。歴史を振り返ると、クラブは2010年に現在のオーナーに買収されている。前述したようにこの頃クラブは低迷する古豪という位置づけにあった。国内リーグの優勝からは遠ざかり、買収時は20クラブ中19位という惨憺たる成績である。ここからクラブは浮上した。
実はこの2010年にクラブを買収したのは現在のフェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)。MLBのボストン・レッドソックスを保有することでも知られるスポーツ投資グループだ。そしてこのFSGの大株主がジョン・ヘンリー。セイバーメトリクスの生みの親ビル・ジェイムズをレッドソックスに招聘し、「バンビーノの呪い」を解いたことでも知られる名オーナーである。ヘンリーはそもそも投資分野でのデータ活用によって財をなした人物だ。また自身もセイバーメトリクス愛好家という側面を持つ。おそらくサッカー界でもデータ分析によって優位を築けると考え、買収を行ったのではないだろうか。
そして、リヴァプールFCが行う選手評価手法を見ていると、ヘンリーが愛好するセイバーメトリクスからの影響を感じずにはいられない。「プレーの得点化」、「リーグ平均レベルの選手との得失点の比較」、「過小評価選手の発掘」。現監督ユルゲン・クロップ招聘時には前所属のドルトムント時代に「どれだけ不運に見舞われていたか」の分析も行ったようだ[8]。これらはいずれもセイバーメトリクスが行う野球分析の基本、あるいは頻出テーマである。またリサーチ部門のディレクターであるグラハムは、なんとオーナーであるヘンリー自身のヘッドハンティングによってクラブ加入が実現したという。リサーチ部門に対するヘンリーの影響は絶大だ。
こうした事実を並べると、リヴァプールFCのデータ分析の思想にはセイバーメトリクスが多大な影響を与えており、そしてそれはオーナーであるヘンリーによってもたらされている様子が見えてくる。野球からサッカーへのセイバーメトリクスの輸出が、ヘンリーによって成功したと考えるのは過言だろうか。
野球とサッカーは同じ球技の中でも極めて遠い位置にある。ゴール型であるかどうか、制限時間の有無、攻守の切り替えにおける性質など、違いを挙げればキリがなく、逆に似通った点を探すほうが難しい。それぞれは独立しており、大きな影響を与えあうことはないと多くの人が考えていただろう。しかし野球の土壌で育ったセイバーメトリクスは影響範囲を広げ、すでに欧州サッカー界も侵食しつつあるようだ。
[1]近年は従来のイベントデータだけでなく、トラッキングデータもモデルに組みこんだ上で算出が行われているようだ。しかし総合評価指標とは異なることに変わりはない。
[2]xGをベースにして、改良を行ったスタッツも存在する。
[3]
プレミアリーグ、高度なサッカー分析の実現にOracle Cloud Infrastructureを選定
[4]
ピタゴラス勝率の根拠をロジスティック回帰で求める
[5]DELTAでは直近3年シーズンの得点期待値推移をもとに得点価値を算出している
[6]野球の得点期待値は、アウトが少ないほど、走者がより多く先の塁に進んでいるほど高くなる。次にどこに走者を進めれば良いかがわかりやすい単純なモデルだ。しかしサッカーではそもそも次にどこにボールを運べば期待値が高まるのかの把握が難しい。この野球にはない問題を解決するためにピッチコントロールのモデルが存在する。
[7]
How football’s finest are using analytics to find an edge
[8]
Ian Graham: The 'one currency' Liverpool use to judge players
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