マーリンズに所属していた田澤純一が5月17日にDFA(Designated for assignment:40人枠から外すこと)された。これを受けて再び「田澤ルール」が注目を浴びている。「田澤ルール」とは、NPBのドラフト会議での指名を経ずに、海外リーグの球団と契約をした選手は、退団後一定期間はドラフト会議で指名できないとする12球団の申し合わせ事項である。田澤が今後NPB球団に入団する場合には、これが大きな障害となる。では「田澤ルール」がなかったとしたら、田澤はNPBの球団にすんなりと入団することができるのだろうか。田澤のNPB入団を阻む他の障害について検討し、そこから見えてきた「田澤ルール」の効果について考えてみた。
「田澤ルール」以外にも障害はある
田澤が今後NPBの球団に入団するにはドラフト会議での指名を受ける必要がある。
新人選手選択会議規約2条によれば、球団が新人選手と選手契約を締結するためには、ドラフト会議によりその選手を指名し、交渉権を獲得しなければならない。「新人選手」とは、NPB球団と契約を締結したことがない選手で、日本の中学校、高等学校、日本高等学校野球連盟加盟に関する規定で加盟が認められている学校、大学、全日本大学野球連盟の理事会において加盟が認められた団体に在学、または在学した経験を持っている選手、あるいは日本国籍を有す選手である(新人選手選択会議規約1条)。年齢や海外リーグでの経験の有無にかかわらず、NPB球団との契約経験がない選手は外国人選手を除いて、原則としてドラフト会議での指名を経なければNPB球団への入団ができない仕組みになっている。
田澤は、日本の学校に在学した経験を有し、これまでにNPB球団と契約したことがないため新人選手に該当し、ドラフトを経なければNPB球団に入団することができない。
このため仮に「田澤ルール」がなかったとしても、田澤がNPB球団に入団する場合には、ドラフト会議での指名を受けなければならず、少なくとも今季はNPBでプレーすることができない。「田澤ルール」がなかったとしても、田澤がすんなりとNPB球団に入団できるわけではないのだ。
さらにそれ以外にもNPB球団への入団には障害がある。ドラフト会議で指名を受けてNPB球団に入団したとしても、海外FA資格の取得には最低でも9年を要する(フリーエージェント規約2条2項)。このためNPB球団に入団した場合、戦力外通告を受けて自由契約となるか、ポスティング制度を利用しない限りはMLBへの復帰が不可能となる。現在31歳の田澤にとって、NPB球団への入団は事実上MLBへの復帰を諦めることに等しい選択となる。
このような、選手の自由な入団、移籍を制限するドラフト制度と保留権制度を前提とすると、「田澤ルール」がなかったとしても、田澤がNPB球団に入団するには大きな障害がある。
「田澤ルール」以外の障害は不当か?
では、こうした「田澤ルール」以外の障害は不当なものであろうか。私はそのようには考えない。
田澤のようにNPB球団とこれまで契約したことがない選手が、同じようにNPB球団とこれまでに契約したことがない日本国内のアマチュア選手や独立リーグの選手とは異なり、ドラフト会議での指名を経ずにNPB球団に入団できたり、保留権による移籍制限を受けなかったりする理由はない。ドラフト会議や保留権による入団、移籍の制限は、球団間の戦力均衡という目的のためであると説明される。このような目的の正当性はさておき、アマチュア選手や独立リーグの選手の自由はこの目的のために制限されている。田澤のようにMLBでのプレー経験がある選手の入団や移籍の場合にだけ、球団間の戦力均衡を考慮しない理由はない。
また、ドラフト会議を経ずに入団が可能で、保留権による移籍制限も事実上存在しない外国人選手と同視することもできない。外国人選手の場合は、外国人登録枠の制限の対象となり、別のかたちで不利益を受けることになる。外国人登録枠によって、球団間の戦力差もある程度は抑えられている(外国人登録枠を撤廃すると球団間の戦力均衡に大きな影響を与えてしまう可能性があることは以前に指摘した)。現在のNPBがドラフト制度と保留権制度を基調として、球団間の戦力均衡を確保しようとしている以上は、単に海外リーグでの経験があるというだけで、そうした規制の例外とする理由はないだろう。例外とするルールをつくったとすれば、それは球団選手間の契約ルールの根底に影響を与えるものであり、「田澤ルール」と同等かそれ以上に合理性がないものと言える。
「田澤ルール」が合理的か不合理かはともかくとして、ドラフト制度と保留権制度を容認する以上、日本のアマチュア出身でMLB経験のあるNPB未経験選手がNPB球団への入団を躊躇することは致し方ない。
「田澤ルール」はNPBの利益に適うルールか?
結局のところ、「田澤ルール」以外の障害があることにより、「田澤ルール」が現在の田澤に与える影響はほとんどないのではないだろうか。「田澤ルール」は、田澤のようにMLBで実績を残し、MLBへの復帰を諦めるという決断をしてまでNPBでのプレーを望まないと考えられる選手に対してはほとんど意味がない。このため、MLBでプレーできる程度の活躍が見込まれる実力があり、MLBでのプレーを強く志向するようなアマチュア選手を思いとどまらせて、NPB球団に入団させる効果は限定的である。どちらかといえば、MLBでのプレーを志向するものの、マイナー止まりになってしまう可能性が高い選手を思いとどまらせる効果の方が高い。極めて将来有望な選手の流出を防ぐという意味では、「田澤ルール」が有効とは言いがたい。
反対に「田澤ルール」の存在により、MLBを目指して契約したものの、20代のうちに諦めて、NPB球団への入団を希望する選手がいたとしても、2年ないし3年はドラフト会議で指名されず、入団ができない。2年ないし3年という期間は、選手のキャリアを考えると短いとは言えない。このため、「田澤ルール」がなければ、NPB球団に入団していたはずの選手が、マイナー契約のままとどまり続けるという不利益も考えられる。
優秀な選手を確保するというNPBの利益を考えても、「田澤ルール」は必ずしも有効な方法とは言えない。
参考URL
日本プロ野球選手会公式ホームページ
日本プロフェッショナル野球協約2017
新人選手選択会議規約
フリーエージェント規約
日米間選手契約に関する協定
市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。
その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート1』にも寄稿。
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