これまで筆者は送りバントの有効性について数多くの検証を行ってきた。
前回の記事で、無死一塁という状況についてはほぼ決定版的な検証ができたと思う。ただ今回はこれまでの検証とはやや異なる角度からバントの検証を行ってみたい。今回取り上げるのは、スリーバントやピンチバンターといった戦術が有効なのかどうかである。
スリーバントは有効な戦術なのか?
スリーバントはファウルになった場合に三振となってしまう。そのためバントを試みていても2ストライクとなるとヒッティングに切り替えることが多い。一方で、2ストライクと追い込まれた状況ではヒッティングに切り替えたところで、良い結果は期待しづらい。意外にも打者の能力次第ではそのままバントをさせた方がよいこともあるかもしれない。そこで、スリーバントの有効性を調べていく。
まずはストライクカウント別のバントを試みたときの結果を見ていく(表21)。バント結果にもかかわらず見逃しやボールがあるのは、バントの構えからバットを引いたケースが含まれているためだ。
0・1ストライクでは見逃し、空振り、ファウルとなることが30%程度ある。これに対して、2ストライクでは三振が31.8%。それ以前のカウントでストライクとなっていたものが、そのまま三振になっていることがうかがわれる。
0ストライクの方が1ストライクよりも見逃しストライクが少し多くなっているが、ボールも増えていることからすると、0ストライクのときはバントをするボールを多少選ぶ傾向があるのか、あるいはエバース(バントをする意図はなく、全ての投球に対してバットを引く)がそれなりにあるのだろう。
では、打席単位でみるとバントの結果はどうなっているか(表22)。
スリーバントの場合は、犠打と出塁を合わせた割合が50%を下回っている。55%以上は走者を全く進めることができず、アウトカウントだけが増える結果だ。こうした結果からすると、大概の場合には、スリーバントをさせない選択にも納得がいく。
もっとも、2ストライクとなればヒッティングでも期待できないということも考えられる。そこで、2ストライク時に限定し、打者の能力別に得点確率の変化を見ていく(表23)。打者の能力は打撃指標wOBAによってグループ化している。
バントをさせた場合、全ての場合で得点確率がマイナスとなっている。唯一、⑤打者の能力が極めて低い場合を除いてはスリーバントをさせた方がより大きなマイナスとなっているようだ。⑤については、スリーバントが有効となっているよりは、打たせた場合の結果が他のグループと比較しても著しく悪化しているためと考えられる。
打者の能力が極めて低い場合を除くと、スリーバントは大きなマイナスといえそうだ。
ピンチバンターは有効な戦術なのか?
また、ピンチバンターについても有効な戦術といえるかを検討していく。試合終盤になると、投手の代打にバントをさせたり、極端な例では強打者に代打を出してまでバントをさせたりする例も稀に見られる。このような戦術は有効だろうか。
これまでの研究からすると、バントは相手が警戒している場面ほど成功率が下がる。他に能力の高い代打が残っている中であえてそうでない打者を代打に送った場合には、これからバントをすると宣言しているようなもの。バントに対する警戒が高まるため、有効な戦術たりえないのではないかと私は予想する。実際にはどのようになっているか、代打を除く野手と代打、投手の3つの場合それぞれでバントを試みたときの結果を整理した(表24)。
代打を除く野手では、犠打と出塁を合わせた割合は85%ほどなのに対し、代打では80%を下回る。ある程度バントが得意な打者を選んで代打にしているはずにもかかわらず、こうした結果になることからすると、相手を警戒させることになるピンチバンターはあまり有効な戦術とはいえない。そもそも無死一塁からのバントがほとんどの場合で得点確率すら上げられないことからすると、むざむざ強打者に代打を出してまでバントをさせることが有効とは到底考えられない。
それでも投手にバントをさせた場合には、犠打と出塁を合わせた割合は66.4%。ほぼ3回に1回は走者を進められずにアウトカウントが増えるため、投手交代のタイミングで、打席が回ってきた投手にそのままバントをさせるよりはピンチバンターの方がましともいえる。もっとも、そのような場合には、バントなどさせずに打たせる方が良い場面が大半だ。
いずれにしろ、ピンチバンターはもてはやされるほどに有効な戦術とはいいがたい。
まとめ
スリーバントやピンチバンターは、「手堅い采配」などと言われることもある。しかしそれ以外のバントと比べても確率が下がる、手堅さとは対局にある戦術だ。
バントという戦術が(実際にそうであるかは別として)「成功率の高い戦術」と考えられているために、バントで走者を進めることにこだわるスリーバントやバントをさせるためだけに選手を交代させるピンチバンターにも同じようなイメージを持っているのかもしれない。
しかし、バントを試みても想像以上にファウルとなることが多いため、スリーバントはリターンが見込まれない上にリスクだけは高い作戦に過ぎない。既に述べたように、スリーバントを試みたときに三振してしまう割合は、0ストライク、1ストライクのときに、見逃し、空振り、ファウルとなった場合の合計とほとんど同じだ。スリーバントで走者を進めることが難しいのは、極めて当然の結果と言える。
また、ピンチバンターが走者を進めることが難しいのもそれほど意外な結果ではない。極論、100%の確率でバントをすると分かっていれば、バントシフトを敷かれてしまい、バントの名手であっても成功させることが難しくなることは想像に難くないし、現にバントをしてくることが想定される場面ほど成功率が下がる結果も出ている。「バントをすると分かっている場面でバントをきっちりと決められることはすごい」とピンチバンターを賞賛する声がファンからもあがる。そのような賞賛は的外れなものとは言えないが、そうであればなおさらピンチバンターという戦術が本当に成功率の高いものなのか疑うべきだろう。
日本においては「バント」という戦術に余計なイメージがついてしまっていることが、誤った評価につながっているように思われる。バントを語るのであれば、想像の中のバントではなく、ありのままのバントを知ることがその一歩目ではないだろうか。
市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート6』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。