3月31日、2024年のセンバツ高校野球が健大高崎の優勝で幕を閉じた。この大会では各校の戦いぶりだけでなく、環境の変化にも大きな注目が集まった。反発係数を抑えた新基準の金属バットが導入されたのだ。いわゆる“低反発バット”である。今回のセンバツでは大会31試合でわずか3本塁打。しかもうち1本はランニング本塁打と、早速バット変更の影響力を見せつけるかたちとなっている。今回はあらためてバットの変更がどれほどの成績変化をもたらしたのか検証し、そのうえで今後の球界に与える影響を考察してみたい。

“低反発バット”導入の経緯

まずそもそもの話から確認しよう。なぜ低反発バットが採用されることになったのか。これは日本高校野球連盟(以降高野連)がYoutubeにて解説の動画を公開している。この動画によるとバットの変更は以下の2つの目的で行われたようだ。

①打球による負傷事故防止(特に投手)
②投手の負担軽減によるケガ防止

①については主にピッチャーライナーの問題だろう。打者との距離がひときわ近く、さらに守備の体勢が取りづらい投手は打球直撃の危険性が大きい。昨年も福岡県の高校で、練習試合中に胸に打球が直撃した投手が死亡するという事故が起こった。近年は高校でもウェイトトレーニングが盛んに行われるようになってきており、打者の打球速度も上がってきているだろう。こうした事故を避けるための対策のようだ。

②は①に比べると間接的な対策だ。高校野球では依然として投手の酷使への対策が課題となっている。数十年前に比べると継投が一般化し、1人の投手に依存するチームは少なくなった。しかしそれでも抜きん出た投手がいるとどうしてもその投手に頼りきってしまうのが現状だ。近年の大会では1週間に投げられる総投球数を500球以内に制限する、タイブレークを導入するなど、投手の負担が軽減するような施策をとってきた。ただ国際的な基準を考えるとまだ十分ではない。低反発バットを導入すればそもそも得点が入りにくくなり、それに伴って投手の投球数も減少するという考えだろう。

高野連は低反発バット導入にさきがけて、導入の影響について検証を行っていた。これによると低反発バットを以前のバットと比較すると、打球速度が3.6%低下したようだ。ただこの3.6%が成績にどの程度の影響をもたらすのかははっきりしなかった。そうした中で迎えたのが今回のセンバツであった。

今回のセンバツはどれほど“投高打低”だったか

そして戦前の予想どおり、やはり今回のセンバツはとにかく打低傾向が強い大会となった。過去2年18本→12本と推移してきた大会本塁打数は、今年はわずか3本にまで減少。うち1本はランニング本塁打である。いくら投高打低傾向が強いセンバツとはいえ極端な打低環境となった。

本塁打に限らず今大会のさまざまなデータを確認してみよう。

まずは1試合平均得点である。バットが変わる前の2010-23年、センバツにおける1チームあたりの1試合平均得点は3.97点だった。それがバットが変わった今大会は3.23得点。1試合あたり0.74得点も減少した。本塁打が大きく減少していることからも想像はつくと思われるが、明確に得点は減少している。

次に本塁打だ。より正確に頻度の違いを把握するため、本塁打数ではなくバットに当たった打球がどの程度本塁打になるか、本塁打/打球の値を見てみよう。2010-23年における本塁打/打球の平均は0.91%だった。打球が発生した場合1%弱が本塁打になっていたが、今大会ではわずか0.19%。本塁打の頻度が5分の1近くにまで低下している。しかもさきほども述べたようにこのうち1本はランニング本塁打だ。

また本塁打/長打も見てみよう。この指標は厳密には異なるが、外野の頭を越えた打球がどれだけフェンスを越えるかの目安として見ることができる。値を見ると、2010-23年に13.1%だった値がこのセンバツでは3.7%まで低下。フライが失速しフェンスを越えなかった様子がよくわかる。

ほかには2010-23年と比べると、OPSが.666→.594、ISOが.085→.053、BABIPが.303→.287と低下。BB%(四球/打席)やK%(三振/打席)といった打球が発生しない成績にはほとんど変化がないため、打球成績の低下がより明確に見える。ちなみにおおまかに犠打の頻度を表す犠打/(単打+四死球)も16.9%→20.3%に上昇していた。長打で点をとれないと見て、進塁手段を切り替えたケースも多かったのだろう。

こうしてみるとやはり低反発バット導入の影響は極めて大きい。もちろん1大会のみのサンプルに過ぎないが、今後の高校野球における極端な“投高打低”を予感させるには十分なインパクトがある。

“投高打低”環境が打者だけでなく投手のレベルも下げる理由

とはいえ、こうした“投高打低”環境へのシフトに何の問題があるのだろうか。少ない点差を守り切る、ロースコアを好む層にとってはこうした打低環境へのシフトは好ましく思えるかもしれない。

それに何よりも重要なのは安全だ。野球をプレーすること=生命の危険と隣り合わせになる、という状況は作ってはいけない。学生野球については特にそうだろう。

ただ一方で野球界の将来を考えると、極端な“投高打低”環境へのシフトは望ましくない。

まず一つ目の問題として考えるべきは競技としてのバランスである。もし100%の安全を求めるのであれば、投手まで打球が届かないほどバットの反発係数を下げれば間違いなく事故は減るだろう。しかしそれでは競技としてのバランスを完全に崩してしまう。競技としての魅力がなければ、野球は衰退することになる。

さらにもう一つの問題として、こうした環境はただ競技としての魅力を下げるというだけでなく、野球選手としての成長にネガティブな影響をもたらすという側面がある。

どういうことだろうか。まずわかりやすいのは打者への影響だ。反発係数が抑えられ打球が飛ばなくなると、打者はフライを狙わなくなる。フライは長打になるポテンシャルが高い打球だ。しかしフライを上げても長打になりにくい環境では、フライを打つ動機が小さくなる。これは想像しやすいのではないだろうか。一方でゴロ打球は打低の影響を受けにくい。ゴロも価値は下がるが、より大きな影響を受けるのはフライなのだ。こうした状況から、よりゴロを狙う打者が増加するだろう。

ただこうしたゴロ狙いは現在の国際的な野球のトレンドに逆行する。現在MLBをはじめ、レベルの高いリーグでは打者は積極的にフライを狙う傾向が強まっている。“フライボール革命”だ。投手側もこうしたフライを狙う打者の対策として高めの速球が流行。その高めの速球にまた打者が対応してくるなど、トレンドが投打のレベルを高め合うスパイラルが起こっている。

もし日本野球でゴロ狙いの打者が増加するようなら、その極端な打低環境の中にいる間は問題ない。ただ外の世界に出た瞬間、それは時代から取り残された野球ということに気づくことになる。国内の“ガラパゴス化”した環境でしかレベルを保てない打者を多く生み出してしまう可能性があるのだ。

また「こうした“投高打低”の環境でこそ真の長距離打者がわかる」という話もある。反発係数が低下しても変わらず本塁打を打てる長距離打者が厳選されていくというイメージだろうか。しかし物理的な観点から見ると真の長距離打者もやはり反発係数低下の影響は受ける。筆者の試算ではあの大谷翔平(ドジャース)ですら低反発バットと同じ3.6%打球速度が低下すると、シーズン本塁打が15-20本減る計算となった[1]。真の長距離打者であっても関係はない。打者育成に対する低反発バットの影響は甚大だ。

また実は打者だけでなく投手の育成に対しても影響はある。バットの変更の影響がなぜ投手にまで及んでしまうのかと思うかもしれないが、もしかするとこちらのほうが影響は大きくなるかもしれない。

まずわかりやすくするため打高環境から考えてみよう。打高環境においては、ボールはバットに当たっただけでスタンドインする可能性が高い。投手にとって打球の発生自体が大きなリスクとなる環境だ。こうした環境で投手が目標にするべきはそもそもバットに当たらない投球をすること、つまり空振りを奪うことだ。どれほど打球が飛びやすくてもバットに当たらなければ投手にとってリスクはない。こういった環境におかれた投手は空振りを奪取するスキルが必然的に磨かれることになる。

一方打低環境では長打が出る可能性が低くなる。これを投手視点で見ると「バットに当たってもリスクが小さい」と捉えることができる。空振りをとってもバットに当てられてもそれほど大きく結果が変わらないのだ。こういった環境におかれた投手は空振りを奪う努力を行う必要性が小さくなる。打低環境は投手の空振り奪取能力が磨かれにくい環境なのだ。

そして現代野球において投手にとって空振り奪取能力は極めて重要だ。空振りを奪う頻度は投手の能力に直結する。佐々木朗希山本由伸大谷翔平もダルビッシュ有も、みな空振り奪取能力に長けているからこそ優れているのだ。打低環境はこれまで日本野球が輩出してきた空振りが奪えるハイレベルな投手の育成に支障をきたす可能性が高い。

低反発バット導入はこのように、選手の育成に対してネガティブな影響を起こしうるのだ。

安全と選手の育成、ボールをうまく調整すれば両立は可能

しかし選手の育成に支障が出るといっても、「ではどうすればよかったのか」という疑問は出るはずだ。前述したように何よりも重視されるのは選手の安全である。競技や選手のレベルを保つために選手の安全が犠牲になってはならない。選手の安全と育成、どちらかをとれというなら間違いなく前者をとるべきだ。

だが実は物理的な観点から見ると、これら2つを両立することは可能だ。

今回高野連は安全性の問題を解決するためにバットを変更した。バットの反発係数を下げることで打球速度を低下させたのだ。もしバットを変更するのであればたしかにこの選択肢しかない。バットには打球速度を左右するパラメータしか備わっていないからだ。

しかし打球速度を変えるためにはバットではなく、ボールそのものを変えるという選択肢もある。そしてボールには打球速度を左右する反発係数だけでなく、複数のパラメータが存在している。その複数のパラメータを調整することで「低反発バット並に打球速度を下げながら飛距離は保つ」ことも可能なのだ。

具体的には反発係数だけでなく“抗力係数”も調整するのだ。まずボールの反発係数を下げることで打球速度を低下させる。そのうえで抗力係数を下げるのだ。抗力係数とは空気抵抗をどの程度受けるかを左右するパラメータだ。つまりボールをより空気抵抗を受けにくい形状にすることで、打球の速度が低下しても、「伸び」は出やすくすることができる。それにより打球速度を落としたままでも飛距離の維持が可能になるのだ。具体的にはボールの材質の変更、また縫い目を低くすることで実現が可能だ。

先行の成功事例もある。アメリカ大学野球では低反発バット導入による極端な打低化を調整するため、2015年から縫い目の低いボールを採用している。これにより打球速度に影響を与えずフライが伸びやすくなり、安全に配慮しつつ本塁打の増加を達成した。

このようにうまく調整できれば従来以上にピッチャーライナーの危険がなくなったうえで、飛距離を維持、あるいはより飛びやすい環境を作ることができる。つまり前述した選手の安全と選手の育成を両立することができるのだ。

また導入時にはまずは危険なピッチャーライナーを定義し、そうした打球がどの程度減ればよいのか、またその際の成績変化をどこまで許容するか、といった目標値を明確にするべきだ。KPIを設定するべきともいうべきだろうか。明確で客観的な基準を設定することで、今後も継続して安全性を評価・担保しやすくなる。

とはいえ現在の高野連の球界における立ち位置を考えると、とにかく安全性を重視した判断に至ったことはよく理解できる。高野連が担うのはあくまで高校野球の統括だ。この統括を考えると、何よりも安全面を重視した対策をとるのは自然なことである。それによって日本野球のレベルがどう変わっていくかはいわば管轄外だ。

しかし日本野球には競技全体のレベルを向上させるため、一貫した管轄を行う組織は存在しない。例えばサッカーであれば日本サッカー協会(JFA)が存在し、プレーレベル向上のため一貫した施策をとることができる。例えばJFAは選手育成のため、2011年から12歳以下のサッカーを11人から8人に減らす施策をとった。統括した組織があれば、このように育成の構造自体をデザインすることができるのだ。そう考えると、今回の事態は球界全体の組織構造が招いたものとも考えられるかもしれない。

いずれにせよ今回の低反発バット導入は球界にとって大きな事件である。この影響はおそらく数年後にゆっくりと気づきにくいかたちで表れてくるはずだ。知らないうちに日本野球が世界から取り残される可能性は十分にありえる。そうした事態にならないためにも、得点環境の重要性は一般の野球ファンにもより知られるべきだろう。

[1]各シーズンに大谷が実際に放った打球の速度をすべて3.6%減。その補正を行った打球を打球速度、打球角度、打球方向、打者左右で分類し、その打球分類ごとの本塁打期待値を積み上げた。

宮下 博志@saber_metmh
学生時代に数理物理を専攻。野球の数理的分析に没頭する。 近年は物理的なトラッキングデータの分析にも着手。2021年からアナリスト兼エンジニアとしてDELTAに合流
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocketに追加

  • アーカイブ

執筆者から探す

月別に探す

もっと見る