今季36歳を迎えるにもかかわらず衰え知らずの投球を続けているメッセンジャー。毎年安定した成績を残しているが、どうやら細かい投球内容には変化があるようだ。加齢による衰えに抗うメッセンジャーの投球術に迫る。
開幕から一定レベルの投球内容を維持 だが球速を見ると……
今回は、阪神のランディ・メッセンジャーの投球内容に着目してみたいと思います。
4月は5試合に先発して4勝と文句なしの成績を残し、月間MVPを獲得したメッセンジャーですが、5月は4試合の先発で2勝1敗と4月のように勝つことはできませんでした。しかし、5月も勝ち星こそ2つではありますが、以下の表1に示すようにそこまで内容が悪化したわけではなかったようです。
xFIP(Expected Fielding Independent Pitching)は3・4月と変わらない水準。 K%(奪三振/打者)が良化した分、BB%(四球/打者)が悪化し、開幕から同レベルの投球の質を保っているといって良い内容です。しかし、詳しく見ていくと3・4月と5月では内容が違っていたようです。
最初に確認するのは球速分布です。メッセンジャーの持ち球は、ストレート、カーブ、カットボール、フォークボールの4種ですが、このうちストレートとカットボールの球速分布を、以下の図1に示します。
まずストレートの球速分布ですが、今季の3・4月の分布のみ少し左寄りの山になっていることが確認できます。これは全体的にストレートの球速が落ちていることを示すものです。5月には昨季以前の分布に戻っているので、まだ気温が低い春先は球速が上がっていなかったのかもしれません。6月以降も注意深く見ておく必要があるデータといえます。
次はカットボールです。2017年3・4月のラインが見えにくいですが、2017年5月とほぼ同じ数字でラインが重なっています。2015年と比較すると昨季以降は分布が左に寄って球速が落ちていることがわかります。ストレートの球速低下は一時的なものでしたが、こちらは昨季以降ずっと続いています。メッセンジャーも今季36歳を迎えるため衰えの可能性もありますが、肉体的な衰えによって、カットボールの球速のみが落ちるというのは不自然に思えます。昨季以降、カットボールのスピードを意図的に変えたのではないでしょうか。
今季はよりストライクゾーン内への投球が目立つ
次に、打球が生まれる前段階、どんなボールを振らせたか、振らせることができなかったか、振らせた場合それがボールに当たったのか、当たらなかったのか、などをまとめたPlate Disciplineデータを確認したいと思います。以下の表2に示します。
目立った変化としてはZone%(ストライクゾーンへの投球の割合)が今季は3・4月、5月ともに高くなっています。また、ボール球に対するスイング率とコンタクト率が低下している点も興味深いです。この変化をどう考えるべきでしょうか?
一般的に、年齢が高くなった投手は、それまで力押しだった投球スタイルを変更しなければならないケースもあります。打たせて取るスタイルに変更する際はボール球を打たせることが重要になります。これはボール球を打った方がアウトになりやすいからです。
3・4月のストレートの球速が低下しているにもかかわらず好成績をあげているということは、ボール球をうまく打たせて取る投球スタイルに変えたのではないかとも考えたのですが、Plate Disciplineデータを見るとそうでもないようで、「とにかくストライクゾーンで勝負する」というのが今季のメッセンジャーの投球スタイルといえそうです。
投球の質は同じでもその内容は異なっている
続いて、Pitch Value(得点期待値をベースに投手が球種別にどれだけ失点を抑止したか)のデータを以下の表3に示します。Value/Cは、12球団の平均的な投手がその球種を投じた場合に比べ、100球あたりどれだけ失点を防いだかを表します。
ストレートから見ていきます。3・4月のPitch Valueは前年から大きく上昇し、大きな効果をあげていたようです。5月はストレートの球速は速くなったものの球種があげた効果は低下したという結果になります。一方、カーブは5月に大きく数字を上げています。
カットボールもストレートと同じで、3・4月は上昇したものの、5月は低下しています。フォークボールは昨季からマイナスですが、3・4月はマイナスがさらに大きくなっています。5月は3・4月と比べれば改善したという結果です。
投球全体の質を表すxFIPで見ると同じ水準を維持しているものの、球種がどういった効果をあげたかにまで踏みこむと、変化は大きいようです。
それでは見送り、ボール、安打など、どういった投球結果からこのPitch Valueになったのかを見るために、ストレート、カーブの投球結果をまとめました。以下の図2に示します。
ストレートの投球結果は3・4月、5月でおおむね同じような結果に終わっています。 5月はやや空振りが増えて、凡打が減っているといった程度でしょうか。
大きな変化があったのはカーブで、3・4月は空振りの割合が大きいですが、5月は空振りが減って凡退が増えています。空振りを奪うボールから打たせて取るボールに変化していたようです。
5月に空振りが減り凡打が増えたカーブについて、投球コースと投球結果をまとめたものを以下の図3、図4に示します。
対左打者については見送られていた低めのボール球を多くスイングさせていることがわかります。3・4月は外角の低めにかなり正確に制球されたボールが集まっていますが、5月になると3・4月程の制球力はなく、ボールにバラつきが見られます。プロットを見ただけではわかりにくいですが、図内で黒い枠で囲った外角低めのコースにカーブが投じられた割合は、3・4月の62.7%に比べ、5月は52.9%と低下していました。
ここに、空振りを量産することができなくなり凡打が目立つこととなった理由らしきものがうかがえます。こうした変化を意図的にやったのであれば、かなり高度な投球術だとは思いますが、5月のようにうまく制御できず空振りが取れないときでも凡打にすることができる“引き出し”をメッセンジャーは持っていると考えるのが自然かもしれません。
パフォーマンス低下を防ぐための微調整
投手に勝ち星がつくかどうかは打線の援護が関わるので、投手の評価をする場合、xFIPなどといった指標を参照するというのがセイバーメトリクスのセオリーです。こうした指標を見れば、メッセンジャーのここまでは安定した結果を残しているといえますが、細かな内容には変化があります。今季もストライクゾーンで勝負するという姿勢は一貫していますが、各球種の効果は変化しています。衰えによるパフォーマンス低下を防ぐために行っている目には見えない微調整が、こういった部分に現れているのかもしれません。
野球は対戦相手のある競技なので、開幕1カ月で上手くいったことが、そのままシーズン終了まで通用するはずはありません。相手も対策してくるからです。そういう意味では、ストレートの球速帯が変わる、カーブが空振りを奪うボールから打ち取るボールになるといったシーズンの中での変化も当然といえると思います。
投手から見れば細かい投球の修正のため、打者から見れば投手への対策のために必要なデータとなるのではないでしょうか。