MLBは今年創立150周年の記念すべき年を迎えるが、変革をやめるつもりはなさそうだ。来季から大きなルール改正が行われることが先日決定した。ひとつは時間短縮のための救援投手による“一人一殺”禁止である。これにより “対左打者のスペシャリスト”の出番は激減しそうだ。もうひとつ目玉となったのは“two-player rule”、いわゆる“二刀流”ルールである。大谷翔平が登場していなければこのようなルールが出てくることはなかっただろう。大谷が長いMLBの歴史を変えてしまったといっても過言ではない。今回はベーブ・ルースと大谷以外でこのルールに当てはまる選手がいたのか、歴史を遡る。

新たに設定された二刀流の条件。近年この条件に近づいた選手は?


新たなルールにおいて、二刀流選手とは以下の条件を満たした者と定義される。


現シーズンまたは前シーズンに於いて
1.20イニングを投げ AND(且つ)
2.野手もしくは 指名打者として20試合に出場。そして各試合で最低3打席を記録する

つまり、投手として20イニング、そして野手として60打席を経験しなければ二刀流とは認めないということだ。厳しい定義が設定された。

こうした基準をクリアした選手は過去にいたのだろうか。近年、MLBで「二刀流」として考えられた選手は3人いる。リック・アンキール、クリスチャン・ベタンコート、ブルックス・キーシュニックの3人である。

アンキールはMLB2年目となる2000年に投手として11勝194奪三振を記録したが、制球難に陥り、後に野手に転向した。2007年からは3年連続2桁本塁打を記録。特に2008年には25本塁打を放った。しかし、アンキールは「キャリアの中で投手としても野手としても活躍した」ケースであって、同時期に二刀流として活躍した選手ではない。投手としてのキャリアを一度断念した後に野手として復活した形だ。このため、今回制定された二刀流ルールに該当しない。


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2人目のベタンコートは、MLBで二塁手としてプレーしたあと、2017年にAAA級でほぼ通年救援投手として活躍。2018年は野手に再転向した。捕手までできるという器用さも注目された選手だ。実際に2018年AAA級での出場は捕手が74試合、一塁手が8試合だった。

そんなベタンコートは昨季、投手としても野手としてもMLBでの出番がなかった。器用貧乏ゆえに評価されなかったのかもしれない。今季からは太平洋を渡り、韓国プロ野球(KBO)のNCダイノスでプレーしている。アジア球界で二刀流を披露する機会はあるのだろうか。


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3人の中で最も投打にバランスよくプレーした選手は、2000年前後に活躍したキーシュニックになるだろうか。ただこのキーシュニックでも1試合で3打席以上に立ったのは、2003年に7試合、2004年は0試合だったため、今回の二刀流ルールには該当しない。ただ、2003年の投手・野手のWARは0.1/1.1、2004年は0.6/0.2と、投手としても野手としてもリプレイスメント・レベルを超える活躍を見せていたようだ。特に2013年の投手・野手の合計WARは1.2。これはチーム7位に位置しており、貢献度はそれなりに高かったと考えられる。


※WARの値はBaseball Referenceより引用

NPBでも二刀流がいなかったわけではない


では大谷翔平を生んだNPBで、今回のルールに該当するケースはあるだろうか。筆者が真っ先に思い浮かべたのは高井雄平(現・雄平)だ。現在外野手として活躍している雄平だが、ヤクルトに入団したのは投手としてだった。

2003年から投手として18勝1セーブ、 防御率4.96を記録したが、2008年からは低迷。高校時代から打撃センスを高く評価されていたこともあり、2012年に本格的に野手に転向した。2014年には打率.316、23本塁打を記録しベストナインにも選ばれている。しかし雄平も前出のアンキールと同様で、投手として活躍したあとに野手に転向したパターンであり、今回の二刀流ルールには該当しない。

ほかに筆者の頭をよぎったのは、フェリックス・ペルドモ(元・広島)だ。1999年6月27日の読売戦では内野手登録のペルドモが、先発ネイサン・ミンチーのあとに登板。その後リック・デハートも登板したことにより、当時2人までとされていた外国人投手の枠を逸脱し、物議を醸したこともあった。投手と野手で同時期にプレーしている本物の二刀流である。


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野手としてのペルドモは2番二塁として5試合、8番二塁として6試合の合計11試合に先発出場している。3打席以上経験したのは8試合のみであり、いかに20試合で3打席以上というルールが高いハードルであることがわかる。ペルドモは打力がいまひとつで、二塁を守れるという点を除くと野手として優れた点が少なかった。当時のWARは算出されていないため不明だが、投手・野手ともにリプレイスメント・レベルだったと思われる。仮に彼のような選手が2020年にMLBでプレーしていたとしても、ロースターに二刀流として登録する意義があるかというと疑問が残るところだ。


1964年のウィリー・スミス


ベーブ・ルースと大谷翔平。長いMLBの歴史の中で、今回のルールを適応できる選手は2人以外にはいたのだろうか。1910年代には数人の二刀流はいたようだが、1930年代以降はほぼ絶滅していたようである。そんな二刀流絶滅以降の時代でひとりの選手に遭遇した。主に1960年代にプレーしたウィリー・スミスである。


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スミスの場合は本格的である。外野手として338打席に立ち(35打席は代打と投手として)、4番打者として打率.324、OPS.892、8本塁打を記録しただけでなく、投手としても31 2/3イニングで防御率2.84と活躍した。20イニング以上に投げた上、82試合で3打席以上に立っており、今回の条件を悠々クリアしている。投手・野手のWARはそれぞれ0.3と1.6だった。

打者として非凡な才能を発揮したスミスだが、実は前年の1963年にはAAA級で14勝2敗 防御率2.11、17先発のうち14完投を記録するなど、投手としても一流の成績を残していた。あと数イニング投げていれば、リーグ最優秀防御率のタイトルを獲得していたほどである。打者としての成績のほうが目立ったからか、翌年からはほぼ野手専念となってしまい、投手としては1968年に7 2/3イニングを投げたのみとなってしまった。

1964年の投手・野手の合計WARは1.9。これは同年のチーム8位にあたる。二刀流がこのシーズン限りになってしまったのは本当に惜しかった。もし二刀流を継続していれば、大谷翔平の50年以上も前に、MLBで「二刀流」に注目が集まっていたかもしれない。


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スミスがプレーしたのは奇しくも大谷翔平と一緒のロサンゼルス・エンゼルス。またスミスはMLBでプレーを終えたあと、1972年に南海ホークスに入団し、打率.255、24本塁打を記録している。投手として2度の登板機会(うち1度は先発)もあったが、0 1/3イニングで自責点3、防御率81.00という数字が残っている。


MLBで増加する二刀流起用


昨季の大谷翔平の活躍を受け、MLBでは二刀流の起用がより進みそうである。例えば、マット・デービッドソン(2018年:打率.228、20本塁打、3イニング)や、マイケル・ローレンゼン(2018年:4勝2敗、81イニング、防御率3.11。打者としては打率.290、4本塁打。右翼手として1試合出場、代打として13打数3安打2本塁打 打率.231)といった選手が二刀流に転じる可能性も報じられた。特にローレンゼンは投手WARが1.4、野手WARが0.7、合計で2.1もの値を叩き出している。これはチーム6位にあたる。野手としてプレーした際に同様の活躍が見込めるのか気になるところだ。今後、二刀流として「認定」されるには継続的に投打でリプレイスメント・レベルを超えるような活躍が必要になってくるだろう。

過去の二刀流選手、そして今後の可能性のある選手の成績を振り返ってみたが、今回定められた二刀流の定義がいかに厳しいか、お分かりいただけたと思う。大谷はトミー・ジョン手術明けであるため、今季は打者に専念すると思われるが、2020年シーズンは新設される二刀流ルールの対象となる。投手としても野手としても期待に違わぬ成績を残すことができるだろうか。我々の常識を遥かに超越し、日々進化を続けるスーパースターの今後の活躍に大注目である。


水島 仁
医師。首都圏の民間病院の救急病棟に勤務する傍らセイバーメトリクスを活用した分析に取り組む。 メジャーリーグのほか、マイナーリーグや海外のリーグにも精通。アメリカ野球学会(SABR)会員。
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