野球のデータ分析を手がける株式会社DELTAでは、2020年の日本プロ野球での野手の守備における貢献をポジション別に評価し表彰する
“1.02 FIELDING AWARDS 2020”を発表します。これはデータを用いて各ポジションで優れた守備を見せた選手――いうならば「データ視点の守備のベストナイン」を選出するものです。
対象中堅手に対する9人のアナリストの採点
中堅手部門は近本光司(阪神)が受賞者となりました。しかしどのような分析を行いこうした評価に至ったかはアナリストごとに異なります。中堅手をどのように分析したか、市川博久氏の分析を参考として掲載します。2020年中堅手UZRはこちらから。
中堅手参考分析:市川博久
分析方法
今回の分析では守備範囲の評価について従来の指標から変更を行った。UZRが採用しているようなゾーンと距離、打球の強さによる分類とは異なる方法で打球を分類することで、選手の守備について別の角度から見ることができる可能性があるためだ。このサイトの過去の守備特集でも、UZRで採用している打球分類法とは別の、滞空時間や距離によって打球を分類して評価を試みた分析もあったが、今回の分析では滞空時間、距離に加えて、打球方向も考慮して打球を分類した。
滞空時間については、打球がフィールドに落ちるか、野手に捕球されるまでの時間を用いた。距離と打球方向については、記録から想定される中堅手の定位置からの距離と打球方向を用いている。現在のところ、DELTAでは定位置のデータを取得していないためこのような方法を用いた。想定される定位置については、年度ごとのばらつきの影響を最小限にするため、過去7年分の記録から、中堅手が捕球することができた打球の中心の座標を定位置と定めた。
滞空時間については、捕球することがほぼ不可能である2秒以下から5.5秒超まで0.5秒刻みで9段階に分けた。また、距離については5段階、方向については定位置から本塁に向かって両側30°合計60°の範囲を正面前方として、そこから60°ずつ、反時計回りに左前方、左後方、正面後方、右後方、右前方の6つに分類した。
また、今回の分析では内野のすぐ後ろのゾーン(距離4)の打球は評価から除いている。これは過去の分析から、このゾーンの打球は滞空時間が一定以上でないとほぼ捕球が不可能で、また内野手が捕球することも多いため、これらの打球を評価に含めることでかえってノイズが増すと考えられたためだ。
それでは、個々の中堅手の評価に入る前に、これらの分類に基づいた中堅手全体の傾向を確認しておく。まずは、滞空時間と打球に追いつけた割合の関係を見ていく。今回の分析では、打球に追いつけたが失策となった打球については、守備範囲ではひとまず捕球できた場合と同様に扱って、失策阻止評価で改めてマイナス評価をする方法を採用している。
表からは滞空時間が長ければ長いほど打球に追いつけていることがわかる。2.5秒超3.0秒以下から3.0秒超3.5秒以下のところで、打球に追いつけた割合が25%以上も上昇していることからすると、このあたりがアウトになるかヒットになるかの大きな分かれ目になっているようだ。
次に、定位置からの距離と打球に追いつけた割合の関係を見ていく[1]。
定位置からの距離と打球に追いつけた割合との関係は負の相関が見られ、遠い打球ほど追いつくことが難しいというある意味当然の結果になった。
では、滞空時間と距離双方を考慮した場合の結果はどのようになるか。
滞空時間が短いほど、打球が遠くなるほど追いつくことが難しくなっていることがわかる。特徴的なのはそれぞれの距離において、ある一定の時間よりも長い滞空時間では、打球に追いつけた割合が90%かそれ以上になり、それ以降は滞空時間が変化しても、打球に追いつけた割合にほとんど変化は見られない。反対にどの距離でも滞空時間が一定以下になると打球に追いつけた割合はほぼ0%になる。こうした傾向からすると、これらの「誰が守っても捕球できる(できない)打球」ではなく、その中間の領域で選手ごとの守備力の差が生まれていることが推測される。
では、続いて打球方向と打球に追いつけた割合の関係を見ていく。
正面前方の打球が追いつけた割合が最も低く、正面後方が最も高いという一見すると信じがたい結果になっている。ただし、ここから前方の打球の方が捕球が難しいということはできない。中堅手の定位置からすると、前方の打球に分類される面積の方が後方に分類される面積よりも広く、あえて打球が多く飛んでくる位置より後方に定位置をとっていることも考えられるためだ。
続いて、打球方向と滞空時間双方を考慮した場合の結果を見ていく。
基本的にはいずれの方向でも滞空時間が長いほど打球に追いつけた割合は高い。ただし、後方に分類される3つの方向では2.5秒以下の打球が存在しない。これは2.5秒以下の時間では、中堅手の定位置より後ろに到達する打球が存在しないということだ。先ほどの表4で正面の打球の方が打球に追いつけた割合が低かったのは、後方の打球というのは滞空時間が長い傾向があるということが一つの理由だろう。
また、前方の打球は滞空時間が長くなると打球に追いつけた割合が大きく上昇するのに対し、後方の打球は正面を除くと、滞空時間が長くなったとしても打球に追いつけた割合の上昇は緩やかになっている。
最後に打球方向と距離双方を考慮した場合の結果を見ていく。
いずれの方向でも遠い打球ほど追いつくことが難しくなっている。正面の打球の方がより近い距離の打球から追いつけた割合の低下が見られるが、これは後方の打球では距離があってもその分だけ滞空時間が長くなる(打球が飛ぶ距離が長くなれば滞空時間が長くなる)のに対し、前方の打球では距離があるほど滞空時間が短くなる(打球が飛ぶ距離が短くなれば滞空時間も短くなる)傾向があることが関係している。
以上のように、前方の打球ほど追いつくことが難しいという一見するとおかしな結果は、このような打球方向と距離、滞空時間が影響した結果だと考えられる。また、ヒットになることが多いのは、前方の打球の方が多いというのは打球の方向ごとのヒットになった場合のリスクの差を考慮したものとも考えられる。
このようにヒットになった場合のリスクは前方よりも後方の方が高い。正面前方のヒットは得点価値からするとほとんど単打になることしかないが、中堅手が頭を越されれば、得点価値からしてもほぼ長打となる。このようなリスクをも考慮して定位置が決められているということがわかる結果になった。
この結果を踏まえて、今回の分析では、滞空時間、距離、打球方向ごとに打球を分類し、それぞれの打球に追いつけた割合と当該中堅手の打球に追いつけた数、追いつけなかった数を比較し、これにヒットになった場合の価値をかけあわせて守備範囲の評価とした。
個々の中堅手の評価
では、個々の中堅手の評価を見ていく。まずは、滞空時間ごとの評価を確認する。
近本は滞空時間の長短にかかわらず優秀な結果となっているが、特に平均よりやや短い滞空時間の打球に強いようだ。これに対して、柳田悠岐(ソフトバンク)は平均より長い滞空時間の打球に強い。大島洋平(中日)は滞空時間が長い打球はさほど苦にしていないようだが、滞空時間が短い打球はあまり捕球できていない。
また、滞空時間が2.5秒以下の打球はどの選手もほとんど捕球することができないためか、これらの打球ではほとんど差がつかなかった。続いて、打球までの距離ごとの評価を見ていく。
近本はいずれの距離でも弱点のない優秀な結果となっている。梶谷隆幸(DeNA)は遠い打球の処理に問題があるが、中程度から近めの打球についてはよく処理できている。これとは反対に大島は中程度から近めの打球で平均と比べて処理できる割合が低かった。西川遥輝(日本ハム)は近い打球では平均以上の割合で処理できていたが、中程度から遠い打球で大きなマイナスを計上してしまっている。
傾向としては、極端に近いあるいは遠い打球では大きな差は生まれないが、中程度の距離ややや近い、あるいは遠い距離では差が生まれやすいようだ。
最後に打球方向ごとの評価を見ていく。
6方向に加えて、前方3方向の数値の合計、後方3方向の数値の合計、左2方向の数値の合計、右2方向の数値の合計も整理した。
近本は正面後方以外の方向で平均以上の評価となっているが、特に前方の打球で他の選手に差をつけた。金子侑司(西武)も右後方の打球では大きなマイナスとなっているが、それ以外の方向の打球はよく処理できている。
中位の選手では辰己涼介(楽天)が前方の打球で平均以下、後方の打球で平均以上となっているのに対し、西川龍馬(広島)は反対に前方の打球で平均以上、後方の打球で平均以下の評価になっている。
また、今回成績が振るわなかった選手でも大島のようにどちらかというと前方の打球が苦手な選手と丸佳浩(読売)や西川遥輝のようにどちらかというと後方の打球が苦手な選手に分かれている。
もちろん、これは前方、後方いずれの打球に対する判断が正確か、あるいは落下点に至るまでの時間が短いかといった選手の傾向によるものではなく、平均的な定位置からどの程度前方あるいは後方に守備位置をとることが多いかといった要素に左右されている可能性もある。
金子、大島、丸、西川遥輝のように、左右で大きな差が生まれている選手も存在するが、これがその選手の傾向なのか、あるいは単に何らかのノイズを取り込んでしまった結果なのかは現時点では判断できない。仮に選手の傾向であるとすれば、ポジション取りや右翼手、左翼手のいずれに向いているかといった適性の判断に、この分析が役立つ可能性はある。
総合評価
最後にこれまで述べた方法で算出した守備範囲評価に失策抑止、進塁阻止の評価を加えて算出した守備得点を元にして順位を決定した。
表11 中堅手総合評価
順位 |
選手 |
球団 |
守備イニング |
守備範囲 |
失策抑止 |
進塁阻止 |
合計 |
1 |
近本 光司 |
T |
975 1/3 |
12.5 |
0.4 |
3.0 |
16.0 |
2 |
柳田 悠岐 |
H |
874 2/3 |
3.7 |
-0.4 |
-0.7 |
2.6 |
3 |
金子 侑司 |
L |
739 1/3 |
3.0 |
0.3 |
-2.6 |
0.8 |
4 |
梶谷 隆幸 |
DB |
731 1/3 |
0.2 |
0.3 |
-0.1 |
0.4 |
5 |
辰己 涼介 |
E |
524 |
1.5 |
-0.5 |
-2.0 |
-0.9 |
6 |
西川 龍馬 |
C |
612 1/3 |
-0.7 |
0.2 |
-2.7 |
-3.2 |
7 |
大島 洋平 |
D |
1023 |
-6.4 |
0.4 |
2.5 |
-3.5 |
8 |
丸 佳浩 |
G |
960 |
-3.5 |
-0.4 |
-0.8 |
-4.6 |
9 |
西川 遥輝 |
F |
831 |
-7.4 |
-0.4 |
-3.8 |
-11.6 |
全ての項目でプラス評価となった近本は守備範囲評価で10点以上のプラスとなっていた。今シーズンは他の中堅手から頭一つ抜けていたといえる。それ以外の選手は西川遥輝を除くと±5点の範囲にとどまっており、大きな差は見られなかった。例年と同様に守備範囲の評価で差がつきやすいことは変わらなかった。今回の分析では、守備範囲評価でUZRと異なる手法を採用したが、結果だけ見ると大きな変化は見られなかった。
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