近年、オフシーズンになると、多数の支配下選手を育成契約に移行する球団がある。こうした球団に対して一部では、FA補償の対象から外すためなのではと疑念が向けられることもあるようだ。しかしこうした行為によりFA補償を逃れることは本当にできるのであろうか。また、この頻発により選手の権利が損なわれることはないか、損なわれるとすれば現在の制度にはどのような問題があるのか。法律家の視点で検討する。


制度上、育成契約への移行は「FA補償逃れ」にならない

まずFA時の流れを確認しておこう。

FA選手が移籍する際、所属元球団は移籍先球団に人的補償を求めることができる。この際、対象選手は移籍先球団によって任意に定めた、いわゆるプロテクト枠28名を除いた名簿から選ばれる。

ただここでの対象選手は「支配下選手」のみ。育成選手は対象にできない。支配下選手であっても、育成契約へ移行すれば補償の対象外となる。こうしたFA規約の規定を指して、育成契約への移行をFA補償を逃れる行為と非難する主張も見る。しかし、本当にそうであろうか。

育成契約移行時の手続きも見ておこう。支配下選手を育成契約に移行する際は、自由契約の手続きをとる必要がある[1]。つまり育成契約への移行とは、育成契約に直接変更することではなく、一旦自由契約とした後に、改めて育成契約を結び直すという手続きである。このあたりについてはご存知の方も多いだろう。

自由契約となれば他球団の契約交渉に制限はない。所属元球団が育成契約への移行を望んだとしても、他球団との競争になる。しかも自由契約選手の獲得チャンスがあるのは、FA補償とは異なり、海外含む全ての球団である。

よって移籍先球団は、他球団からのオファーがありそうであれば、自由契約をためらうだろう。それでも育成契約への移行を望むのであれば、その選手の他球団への移籍も覚悟しなければならない。

以上のように、自由契約の手続きを経なければならない以上、育成契約への移行が、FA補償を回避する手段にはならない[2]

制度と実態のズレ

しかし現実として、育成契約を打診された自由契約選手が、他球団と契約するケースは少ない。自由契約によりどの球団とも契約が可能になるとは言っても、そうならずに育成選手に移行していくケースが多数となっている。

こうした現象が、他の球団も支配下契約は望まず、育成契約しか打診されなかっただけなのであれば、問題はない。実力本位のプロ野球において、球団と契約を結べるか、結べるとしてどのような種類、内容の契約を結べるかが、選手の実力によって判断されることはむしろ望ましいとすら言える。

しかし、それは十分な機会が保障されていて初めてそのように言えるのだ。自由契約にもかかわらず選手が実際に他球団と自由に接触できないのであれば、制度としては問題ないとしても、実際のところ選手の権利は何ら保障されていないことになる。そして、選手を自由契約とする手続きについては、選手会が公開している野球協約等には書かれていない方法で行われており、どのような手続きが必要なのかが必ずしも明らかでない。



野球協約上における自由契約の手続き

さて自由契約とはどういった手続きにより行われるのだろうか。野球協約上の手続きを確認していこう。

まず球団は選手に対して保留権を有しており、望む限りは翌年度の契約を更新する権利がある。球団は、翌年の契約締結を保留する選手(来シーズンも引き続き選手契約を結ぶことを予定している選手)について全保留者名簿に記載し、コミッショナーに提出。コミッショナーは毎年12月2日にその名簿を公示。これとともに、名簿に記載されなかった選手を自由契約選手として公示する。

自由契約となる選手は、この公示までの間、前年の12月2日に公示された全保留選手名簿に記載されている。そのため、当年の12月2日を待って初めて自由契約となる。これよりも早い段階で自由契約となるケースは、球団による契約解除がされたとき、ウエイバーの公示がされて、7日以内にいずれの球団も契約譲渡(トレード)の申し込みがなかった場合などに限定される。

そして全保留選手名簿に記載されている選手は、他球団との契約はもちろん、選手契約に関する交渉(いわゆる「タンパリング」)を行うことも禁止されている。このため、野球協約の規定を素直に読めば、自由契約となる選手との交渉は、コミッショナーによる公示がなされた12月2日以降に解禁されるということになる。

自由契約手続き~他球団交渉の実態

しかし普段からプロ野球に触れているファンからすれば、以上の手続きについて、「これは間違っている。実際にはもっと早い段階から、自由契約となる選手と他球団との交渉は認められているはずだ。」といった反論があるであろう。これまでのオフシーズンの報道を見ても、自由契約となる選手が、12月に入る前に次の所属先の球団が決まるという例がいくつもあった。

反論のとおり、実際の手続きは上で述べた野球協約にのっとった時期には行われていない。また、野球協約で定められた手続きには、オフシーズンによく耳にする「戦力外通告」という言葉が一切出てこない。実際には、自由契約以前に戦力外通告がなされ、他球団との交渉解禁についても、自由契約前の段階になっている。

選手を自由契約とする場合には、戦力外通告期間中に戦力外通告を行う必要がある。戦力外通告期間は以下の2回の期間に分けられており、具体的には毎年NPBから発表される。

    第1次戦力外通告 原則として10月1日(土日の場合は直近の月曜日)からクライマックスシリーズ開幕前日まで 第2次戦力外通告 原則としてクライマックスシリーズ終了の翌日から日本シリーズ終了の翌日(ただし、日本シリーズに出場した球団については期間が延長される)まで

この期間に行う必要があるのは、一切の契約を結ぶ意思がない場合のみならず、自由契約とした後に支配下契約または育成契約を結ぶ可能性がある場合や、野球協約92条に定められた減額制限を超えた参稼報酬での契約更新を提示する場合も、含まれる。

また、このように戦力外通告を受けた選手と他球団との契約交渉の解禁時期も12月2日(自由契約選手としての公示)を待つ必要はない。1回目のトライアウト後(2022年は11月8日に実施)に他球団との交渉が解禁される(トライアウトへの参加不参加は問わない)。

以上のような実際の手続きは、野球協約に定められているものとは異なる。また実際の手続きが球団の保留権を侵害しているように感じたかもしれない。戦力外通告を受けた選手とはいえ、当年の12月2日を迎えるまで球団は保留権を持っている。保留権を持つ選手に対する、他球団の交渉は禁止されているはずである。

しかし、球団に保留権が認められる根拠から考えれば、他球団との契約交渉を禁じることは妥当ではない。

野球協約49条は「球団はこの協約の保留条項にもとづいて契約を保留された選手と、その保留期間中に、次年度の選手契約を締結する交渉権をもつ。」としており、たとえ選手が拒絶する場合も、保留権を有する限りは翌年度の契約交渉をする権利を認めている。

そして、野球協約73条1項は、球団が保留権を持つ選手が、他の球団と契約を締結したり、契約交渉を受けたりすることで、保留権を持つ球団との交渉を拒否する疑いのある場合に、コミッショナーへの提訴を認めている。同条2項は、違反が確認されたとき、保留権を侵害した球団と選手等に制裁を科すこととしている。

以上の定めからすれば、球団が保留権を持つ選手と他球団との契約交渉を野球協約が禁止しているのは、これによって当該選手による保留権を持つ球団との契約拒否を防ぐためであると考えられる[3]

ただ一方で、戦力外通告は、球団が選手を自由契約とする意思を示すものである。これはつまり球団が当該選手の移籍を容認しているということだ。球団が翌年度の契約更新を望みながら、選手が他球団と通謀して契約更新を拒絶する場合とは明らかに異なる。自由契約とする予定の選手に対しても、保留権を行使して、他球団との契約交渉を禁止するという行為は、嫌がらせ、権利濫用以外の何物でもない。

したがって、野球協約が保留選手と他球団との契約交渉を禁止している趣旨からすれば、戦力外通告選手と他球団との契約交渉を12月2日の自由契約選手としての公示より前に認めても問題はないと考えられる。

ただし、戦力外通告は選手の地位を失わせる可能性のある非常に重大な手続きである。手続きの時期、内容が、公開されている野球協約に記載されている手続きと齟齬しており、詳細が明らかになっていない現状は好ましいとはいえない。このことは次に述べるような問題にも繋がってくる。

自由契約により他球団との交渉機会は確保されているのか

ここまで野球協約に定められた自由契約に関する手続き、実際の戦力外通告、他球団との交渉解禁の手続きを見てきた。ここからは、それらを踏まえた上で、自由契約によって他球団との交渉機会が本当に確保されているのかを考えてみる。

この点については、外部からは十分な交渉機会の保障がされているのか不透明であるが、明らかとなっている手続きからすると、十分な交渉機会が確保されない危険性があると考えられる。

例えば、次に述べるような行為は問題ないであろうか。

    ①育成契約に移行させたい支配下選手に対して、球団が戦力外通告期間中に戦力外通告を行う。そして、トライアウト実施前に同選手との間で翌年度の育成選手契約を締結。12月2日の自由契約選手としての公示の後に、コミッショナーに育成契約書を提出して承認を得る。

この例では、戦力外通告後、トライアウト実施前に翌年度の育成契約を締結しているため、他球団との交渉解禁前に既に翌年度の育成契約が締結されてしまっている。そしてこれは特に禁止されていることではない。このような場合にも、十分な機会が保障されていると言えるであろうか。

また次のような例も考えられる。

    ②球団が育成契約に移行させようとする支配下選手に対して、戦力外通告期間中に戦力外通告を行う。翌年度の育成選手契約は、トライアウト実施後に締結している。ただし、当該選手は秋季キャンプに参加しており、トライアウト実施日から翌年度の育成選手契約締結日までの間は、秋季キャンプが行われていた。

この例では、トライアウト実施後に育成選手契約を締結しているため、他球団との交渉の機会は存在したとも考えられる。しかし、秋季キャンプに参加している間に他球団が接触を図るというのは、それほど容易なことではないだろう。そして秋季キャンプについても、参加が禁止されているわけではない。

例に出したいずれの場合でも、戦力外通告後に育成選手契約の提案を受けた段階で、選手はその提案を拒否して他球団との契約を目指して行動すればよいのだから、何ら問題ないというのも一つの見解ではある。

しかし現実に、他球団との交渉よりも前の段階で育成契約を提示され、拒否すれば育成契約の提示すら撤回するという態度を球団が取ったとしたら、育成契約への移行を強要されたと考えられないだろうか。球団と選手では、交渉力に大きな差があることが通例であることからすれば、非常に問題があると考える。

何よりもこれを許容してしまうと、「支配下選手を育成契約に移行する際には自由契約を経るため、他球団にも交渉の機会はある。したがって、支配下選手であるべき選手が、球団の一方的な意思で育成選手にされてしまうことはない。」という前提が崩れてしまう。

このような強要がなされているとすれば、私がこの記事の序盤で述べたような説明は、単なる形式上のもので実質が全く伴わないものになってしまう。

球団と選手の交渉過程は、外部に明らかにされることはほとんどない。このため、上に述べたように球団が選手に対して不利な契約を押しつけているということは、単なる杞憂に過ぎないかもしれない。しかし、所属球団から育成契約を打診された上で自由契約となった選手が、他球団と翌年の契約を結ぶケースが少ない現実からすれば、杞憂と断じることは難しい。



制度はどうあるべきなのか

ではどうしていくべきだろうか。育成契約に移行する場合には自由契約としなければならない。このように定めた趣旨からすれば、戦力外通告を受けた選手と他球団との契約交渉の機会を実質的に保障する必要がある。これは選手と球団とが翌年度の契約を締結する意思の有無にかかわらずだ。戦力外通告とその後の他球団との交渉解禁に関する手続きは、公開されている野球協約には記載されていないため、外部からはわからない。ただ戦力外通告と自由契約、戦力外通告後から自由契約選手公示までの期間における球団の保留権に関連する規定を整備する必要があると考える。

現在の制度を前提とすると、⑴戦力外通告を受けてから他球団との交渉が解禁されるまでの期間と⑵他球団との交渉が解禁されてから自由契約選手として公示されるまでの期間における選手の地位が不明確である。

現に戦力外通告後も秋季キャンプやファン感謝デー等の球団の行事には参加しつつ、自由契約公示後に育成契約に移行する選手は存在している。これからすれば、⑴や⑵の期間も元の球団との契約は残っていることになる。ただし、それによって他球団との交渉が実質的に制限されては問題であろう。特に支配下選手から育成契約に移行する場合には、⑴や⑵の期間中に所属球団との間で翌年度の育成契約の締結を制限する期間を設けるなど、他球団との交渉の機会を確保し、所属球団による囲い込みを防止する制度を整える必要があると考える。

プロ野球選手は所属以外の球団との契約及び契約交渉が制限されている。これは一般的な社会人とは大きく異なる点だ。だからこそ、球団に対して不利な立場に置かれやすい。自由契約となった場合に、他球団との交渉機会を保障することは、単に「FA補償逃れ」を防ぐという意味があるばかりでなく、選手の権利保障の面でも重要な意味がある。


    参考 日本プロ野球選手会公式ホームページ(野球協約、統一契約書様式等)
    https://jpbpa.net/contract/
    [1]日本プロ野球育成選手に関する規約(以下、「育成規約」という。)9条②項

    [2]なお、育成選手がFA補償対象外とされていることについて、特に理由があるとも考えられないため、制度論としては、育成選手も補償の対象に含めるよう変更することに、問題はないと考えられる。 日本プロ野球育成選手に関する規約11条には、育成選手の移籍に関する手続きが定められており、日本プロ野球育成選手統一契約書18条は、育成選手は球団がNPBの他球団に契約を譲渡(トレード)できることを承諾するとされている。野球協約、統一契約書にも同様の規定が存在しており、これは支配下登録されている選手と同様である。 育成選手も支配下選手と同様に、球団の一存でトレードが可能であり、育成選手も支配下選手と同様、トレードされることを承諾しているのであるから、支配下選手と異なる配慮をする必要はないと考えられる。 なぜ、育成選手がFAによる補償の対象に含まれていないのか定かではないが、確たる理由に基づいて育成選手をFAによる補償の対象から外しているとは考えがたい。一般的には、プロテクトされていない支配下選手ではなく、あえて育成選手をFA補償の対象として選択する合理的な場合はないと思われるが、それを禁止する理由もないので、この点はFA規約を改正してもよいとは思う。

    [3]例えば、選手が保留権を持つ球団との翌年度の契約締結を拒み、球団が保留手当の支払いを停止するなどしてやむなく自由契約とした後に、他球団と契約するような事態を防ぐことができる。こうした事態は、野球協約や統一契約書が定められた直後の時代ならともかく、現在においてはにわかに想定しがたい。


市川 博久/弁護士 @89yodan
DELTAデータアナリストを務める弁護士。学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。 その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。『デルタ・ベースボール・リポート3』などリポートシリーズにも寄稿。動画配信サービスDAZNの「野球ラボ」への出演やパシフィックリーグマーケティング株式会社主催の「パ・リーグ×パーソル ベースボール データハッカソン」などへのゲスト出演歴も。球界の法制度に対しても数多くのコラムで意見を発信している。

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