今季から阪神は、久慈照嘉内野守備コーチが「バント担当コーチ」も兼任することになりました。サッカーでは、セットプレーやスローインといった特定のプレーに特化したコーチの導入が進んでいるという話を聞きます。コーチにもより高い専門性が求められ分業化が進むという流れがNPBにも来ているといえるのかもしれません。

セイバーメトリクス視点で見たバント戦術。阪神の狙いは?


こうした新しい試みは応援したいところなのですが、どこか引っかかるところがある人もいるかと思います。得点期待値の変化からは、送りバントは得点期待値を高めるような有効な戦術ではないところは以前より知られているからです。このことを知っている読者は、わざわざそこに専任のコーチを置く必要があるのかと考えた人もいるのではないでしょうか?アナリストの市川博久氏も各状況でのバントについて、有効性を検証する論考を発表していました。

しかし、著名なセイバーメトリシャンであるTom Tangoはバントという選択肢を完全に取り除いてしまうことは守備側を楽にしてしまうという指摘も行っています[1]。バントが完全に無駄な戦術とは言い切れません。阪神がバント担当コーチを導入した狙いはどこにあるのでしょうか?単純に考えれば、犠打の頻度を増やし成功率を上げることだとは思うのですが、それ以上の狙いがあるかもしれません。

例えば、ただ走者を送るだけではなく、打者も生き残るバントを増やすことも視野に入れている可能性もあります。当然、こういったバントには通常の送りバントよりも高い精度が要求されます。すべてのバントで生き残ることは現実的に無理がありますが、いくらかでも頻度が増えればチームにとってはプラスとなるでしょう。

また、守る側から見て送りバントを阻止する確率を高くする狙いもあるかもしれません。送りバントがアウトになるケースはそれほど多くはないので、守る側からしてみれば難しいプレーですが、阻止による利得は大きいものです。

実際のところ、阪神がどのような狙いを持っているのか気になるところではありますが、これを説明する責任は阪神にはありません。グラウンドの上に結果で示せば良いからです。


阪神のバント戦術を評価するために


阪神の狙いがどこあるのかにかかわらず、こうした新しい試みは一過的な結果に流されず、慎重に評価されるべきです。そのためには、シーズン開幕後の犠打の数をカウントするだけではなく、どのくらい良いバントができていたかというバントの内容も丁寧に見る必要があります。

しかし、そもそも良いバントとは何でしょうか?

前置きが長くなりましたが、今回は2019年と2020年のNPBのデータより、バントの結果をグラウンド上に転がした位置と、捕球までの経過時間から整理していきたいと思います。こうしたデータから、良いバントとなるグラウンド上の位置と経過時間を調べたいと思います。



状況の分類


バントのデータを見ていく前に、データから状況を整理したいと思います。以下の表1にバント時のシフトの有無と走者の状況をカウントしたものを示します。


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一番多いのが走者一塁の状況で、次いで多いのが走者一二塁の状況です。走者が三塁にいる状況でのバントのケースは少ないので、今回は表の色分けでどこに走者を送るかを示しました。一塁→二塁(走者一塁)、二塁→三塁(走者二塁、走者一二塁)三塁→本塁(走者三塁、走者一三塁、走者二三塁、満塁)走者なしの4つの状況で、それぞれバントシフトの有無でデータを整理しています。走者なしの状況では1件だけバントシフトの記録があるのですが、これは分析からは除きました。


一塁→二塁(走者一塁)でのバント


最初に一番ケースの多い走者一塁の状況からのバントの結果を、バントシフトの有無とバントの経過時間(守備側が捕球するまでの時間)によって分類したものを以下の表2に示します。


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経過時間はデータを4等分するように区分しています。これらの結果ごとのバントのグラウンド上での位置をプロットしたものを以下に示します。


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犠打はどの時間の区分にもありますが、バント失敗の経過時間は1.80秒未満が大半となっています。逆に、内野安打や野選、エラーが増えるのは経過時間が2.30秒以上に多くなっています。これはシフトの有無に関わらず共通した傾向といえます。



二塁→三塁(走者二塁・走者一二塁)でのバント


続いて、走者を二塁から三塁に送る状況(走者二塁、走者一二塁)からのバントの結果を、バントシフトの有無とバントの経過時間によって分類したものを以下の表3に示します。


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これらの結果ごとのバントをプロットしたものを以下に示します。


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経過時間が短いほどバント失敗のケースが多くなり、経過時間が長くなると内野安打や野選、エラーが増えるという傾向は一塁から二塁に送る場合と共通しています。


三塁→本塁(走者三塁・走者一三塁・走者二三塁・満塁)でのバント


次に、ケースは少ないですが、走者を三塁から本塁に送る、つまりスクイズの状況(走者三塁、走者一三塁、走者二三塁、満塁)からのバントの結果を、バントシフトの有無とバントの経過時間によって分類したものを以下の表4に示します。


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これらの結果ごとのバントをプロットしたものを以下に示します。


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データは少ないですが、シフトなしのほうでは、経過時間が1.80-2.10秒の区分でも、犠打失敗と内野安打や野選、エラーが共に多くなっています。これは、他の状況では犠打の結果が進塁であるのに対し、この状況では進塁=得点となってしまうために、進塁を阻止するため本塁への送球が多くなるためと考えられます。またバント処理を行う位置が本塁に近く、また捕球者が送球先に正対していることもチャレンジをさせる要因になっているとも考えられます。


走者なしでのバント


最後に走者なし、つまりセーフティバントの結果を、経過時間によって分類したものを以下の表5に示します。


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これらの結果ごとのバントをプロットしたものを以下に示します。


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走者がいないので、犠打のデータはありません。大半はアウトになるわけですが、経過時間が2.10-2.30秒の区分で三塁線近くに転がした場合に、内野安打もしくは野選になるケースが出てきます。さらに、2.30秒以上になると三塁線と一塁線近くで内野安打、野選のケースが多くなります。



まとめ


以上のデータより、バントの結果は、転がした位置よりも経過時間に左右されるところが大きいことがわかります。ただし、このデータの経過時間とは、野手が捕球するまでの時間なので、ものすごくボールの勢いを殺したバントをしても、早々に捕手や投手が追い付いてしまいます。どの位置にどのくらいの強さのバントをすることで、時間をかけることができることが良いバントの条件といえそうです。

このデータを下敷きにして2021年の阪神のバントをプロットしていけば、阪神の狙いがどこにあったのかが見えてくるのではないかと思います。そして、この結果は阪神だけではなくNPBの他のチームにおいても、より専門に特化したコーチを置くべきかというテーマの試金石になり得るものと考えます。シーズン開幕後も追いかけていきたいテーマです。


参考文献
[1]The Book: Playing The Percentages In Baseball

佐藤 文彦(Student) @Student_murmur
個人サイトにて分析・執筆活動を行うほか、DELTAが配信するメールマガジンで記事を執筆。 BABIP関連、また打球情報を用いた分析などを展開。2017年3月に[プロ野球でわかる!]はじめての統計学 を出版。

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