2021年1月末、田中将大の楽天復帰が報じられた。NPBでのプレーが決定した田中だが、その期待値はさまざまである。全盛期のエース像を想定する人や、衰えを指摘する人、MLBでの進化を確信する人など、現時点の田中に対する評価が固まっているとは言い難い。そこで、今回はMLBのStatcastデータを使用して、田中のパフォーマンスについて分析。田中の現在地を確認し、2021年の活躍を占っていきたい。
右打者に対する球種の性質と投球コース
今回は田中が2020年にどのような投球を見せていたかを打者の左右別に確認していく。なお、2020年のMLBは60試合の短縮シーズンで開催されたため、各投手の投球数が例年比で非常に少ない点に注意する。特に投球割合が低い球種については参考程度に留める必要がある。なお本稿で使用するデータはすべてBaseball savantから取得した[1]。
まず対右打者のデータを先に提示する。球種別変化量(図1-1)、コミットポイントにおける球種別投球コース(図1-2)、ホームプレート上における球種別投球コース(図1-3)、そして各球種の2020年データをテーブルにまとめたもの(表1)の4つだ。
図1-1では2020年の田中の各球種の変化量を示している。グラフの薄い円は、田中が投球した各球種について、近い球速のMLB平均変化量を示している。なお今回はMLB平均と比較する際に、チェンジアップとスプリットを同じ球種として扱っている。これはBaseball savantでRun Valueなどを比較する際に行われる分類に合わせたものだ。
図1-2のコミットポイントとは、打者がスイングを判断する地点を示している。この地点での打者の仮想ストライクゾーンを点線で示した。過去の研究から、打者は高めの速球軌道に近いボールをスイングしやすいことが確認できているので、仮想ストライクゾーンの中心は高めの速球が通るポイントとなっている。
スライダー
2020年の田中が、右打者に対して最も多く投じたのはスライダーである(表1-1)。投球割合は45.5%だった。田中といえばスプリットの印象を持つ方も多いかもしれないが、2017年以降は毎年スライダーの割合が最も高い。田中のスライダーは球速が135.1km/hとMLB平均(136.2km/h)に近く、横の変化量は控えめ、縦の変化量は大きく沈まないタイプだ(図1-1)。2020年のシーズン前にカットボールの改造が報じられたが、このカットボールもスライダーとして判定されている可能性がある。
スライダーのボールゾーンスイング率(O-Swing%)は48.2%と非常に高く、Whiff%(空振り/スイング)も43.6%の高水準を記録している(表1-1)。この背景を確認するため、投球コースに目を向けよう。
Baseball SavantではTom Tangoが提唱するAttack Zoneと呼ばれる投球コース区分を設定している。大まかには以下のような区分となっている。一般的に枠付近にあたるShadowの投球は投手有利、Wasteは打者がほとんどスイングせずボールカウントが増えるため投手不利となる。
Heart:ストライクゾーン中心付近の投球
Shadow:ストライクゾーン枠付近の投球
Chase:ストライクゾーン枠から少し外れた投球
Waste:ストライクゾーン枠から大きく外れた投球
表1-2を見ると、田中のスライダーはゾーンから大きく外れたWasteへの投球が非常に少なく、ゾーン枠周辺のShadowや打者がスイングするボールゾーンのChaseへの投球割合が高い。
また、図1-2を見ると、点線内に黄色い分布が広がっており、打者がスイングを判断するコミットポイント時点で速球に近い軌道を通り、打者のスイングを誘発しているようだ。
表1-1の球種別成績を見ても、投球の総合評価であるxwOBA、Run Valueともに投手優位の値を記録している(ここでのRun Valueは負の値になるほど投手が失点を防いでいると評価できる)。田中のスライダーが優れた制球力によってポテンシャルを引き出されていた様子がわかる。
ストレート
ストレートは基本の球種とされる場合が多いが、田中のストレート投球割合は19.1%。45.5%を記録したスライダーの半分以下に留まっている。表1-1に記載した投球の総合評価であるxwOBAやRun Valueを見る限り、田中のストレートは右打者に対してあまり有効に機能していない。自在に操れるスライダーを軸に据えた投球となるのは自然な帰結と言える。
ストレートの球速はMLBの右投手平均(151.0km/h)より2-3km/h遅く、シュート変化がやや大きい。このタイプの速球は右打者に対して若干空振りを奪いにくい傾向を持つことが以前の研究からわかっているが、Whiff%は20.7%とリーグ平均程度の空振りを奪えている。これは高めの投球コースを積極的に活用した結果と言える。
図1-3の投球コース図からストレートが高めに集中している様子がわかるが、図1-2を見ると、打者がスイングするかどうかを判断するコミットポイント地点でも非常に高い軌道を通っている。打者がスイングを判断する時点でボールゾーンと判断しやすく、カウントを不利にするパターンが多かったようだ。
また0・1ストライクでストライクカウントを増やした割合を示すCountup%は2020年に顕著に低下している(表1-3)。これはストレートを高めへ投球するメリットだけでなく、制球できなかった際のデメリットが表面化された格好だ。田中は制球力を武器としている投手だが、右打者に対するストレートの制球については改善の余地が大きい。
スプリット
対右打者のスプリットは投球割合16.7%(表1-1)。6球に1球のペースで投球している。平均球速140.7km/hは落ちるボールとして速い部類だが、横の変化量はスプリットというより標準的なチェンジアップに近く、縦変化量が大きい(図1-1)。縦変化量が大きいということはホップ方向への変化が大きいということだ。これはスプリットとしては落差が小さいことを示す。速いスプリットやチェンジアップの場合、落差が大きい場合に強力な効果を発揮するが、2020年のスプリットは落差に欠けていたようだ。
図1-2を見ると、スプリットはコミットポイント時点で速球に近い軌道を通っている。打者がスイングを判断する時点で、速球に近い軌道に見せられており、さらにボールゾーンスイング率も42.3%と高い(表1-4)にもかかわらず、ボールゾーンで空振りを奪えていないのは落差不足が一因と考えられる。
低めのボールゾーンで空振りを奪えずバットに当てられているため打球角度は-5.0°と非常に低く抑えられている(表1-4)。しかし球種の総合評価であるxwOBAで見ると、落差が大きかった2018年と比較すると球威は低下しているようだ。
2シーム
田中は右打者と対戦する際、12.0%とストレートに近い割合で2シームを投球している(表1-1)。2シームもストレートと同様、やや遅い球速で標準に近い変化量の速球だ。
表1-5の投球コース(左右)はインコースに投げ込まれるほど負の値、アウトコースになるほど正の値になる。2シームは空振りを奪うよりはインコースで弱い打球を打たせやすい球種だ。2018-19年の田中の対右打者2シームは、その定石通り-15-20cmとインコースに投げ込まれていた。しかし2020年の値は1.4cm。2020年の田中は、例年ほど2シームをインコースで使わず、アウトコースを含めて左右に広く使う投球を見せていたようだ。
カーブ
カーブは6.7%と最も投球割合が低い。120.2km/hと球速が遅いスローカーブである(表1-1)。変化量は縦横ともに小さくカーブとスライダーの中間、いわゆるスラーブに近い球種と言える(図1-1)。大きく緩急を付けたスラーブはゾーン内外を問わずスイングされにくいため、空振りを奪うよりストライクカウントを取る球として利用しやすい球種だ。
表1-6には田中の対右打者のカーブがどのカウントで投げられ、どのような結果に終わったかを示した。これを見ると、田中のカーブは0ストライクに偏重しており、20球中12球でストライクを奪っている。サンプルは少ないが、カウント球として上手く機能していたようだ。
対左打者
左打者についても右打者と同じく、球種別変化量(図2-1)、コミットポイントにおける球種別投球コース(図2-2)、ホームプレート上における球種別投球コース(図2-3)、そして各球種の2020年データをテーブルにまとめたもの(表2-1)の4つを示す。
各球種の球速、変化量は対右打者とほとんど同じだが、投球コースに大きな違いがある。
スライダー
対右打者同様、最も投球割合が高い球種はスライダーだ。対右打者の45.5%には及ばないが、31.5%と最も高い割合で投じられている(表2-1)。変化量や落差が小さめのスライダーはボールゾーンでスイングされにくい傾向があるが、やはり田中のスライダーは一級品のようで、ボールゾーンスイング率(O-Swing%)が35.4%と標準以上の値を記録していた。
図2-2の打者がスイングするかどうかを判断する地点の軌道を見ると、田中がスライダーをうまく使い分けていた様子がわかる。ストライクゾーンに入る球はコミットポイント時点で速球軌道から外れている。こうしたボールはスイングを判断する地点でストライクに見えないため、打者はスイングしづらく、そこからストライクゾーンに入ってくれば見送りストライクを奪いやすい。一方、ボールゾーンへ逃げるスライダーは速球に近い軌道を描いており、打者のスイングを誘発しやすくなっている。用途に応じた軌道を上手く活用できていたようだ。
さらに、田中はカウントによって異なるスライダーを投げていた(表2-2)。0ストライクでは緩急をつけたスライダーを、アウトコースのストライクゾーンに集めストライクを稼いでいる。だがスライダーの球速はストライクカウントが増えるごとに上昇。横変化が小さくなり、2ストライクでは速いスライダーを左打者のインコース低めのボールゾーンに集めて空振りを奪っていた。
スプリット
対左打者のスプリットは31.3%と、スライダーとほぼ同等の割合で投球されている(表2-1)。投球コースは例年と変わらないが、ボールゾーンでのスイング率が2018年に比べて10%以上低下していた(表2-3)。投球軌道(図2-4)に目を向けると、最もボールゾーンでスイングさせていた2018年に比べて、2020年はコミットポイント時点で低い軌道を通っている様子がわかる。
落差の減少から、2020年のスプリットは高い速球の軌道から落ちず、同じ投球コースであっても打者のスイングを誘いにくくなっていたようだ。ただし、落差が異なる場合でも同じコースへ投球できる制球力が発揮されているとも言い換えられる。スプリットが落差を取り戻せば、再び伝家の宝刀として輝く可能性は非常に高い。
ストレート
田中は左打者に対してはほとんど2シームを投げず、ストレートの割合が高くなる。2020年は28.0%の割合でストレートを投じていた(表2-1)。田中のストレートは横変化量が平均-24.4cm。平均が-20cmほどとなる右投手のストレートに比べややシュート変化が大きい。こうしたストレートは、左打者に対して空振りを奪いやすい性質を持っている。球速こそ遅めだが一定以上の縦変化もあり、ストライクゾーンで空振りを狙うには十分な変化量だ。
2020年は投球コースの上昇も手伝い、2018-19年に比べWhiff%(空振り/投球)が35.2%と約2倍に上昇している(表2-4)。右打者に対してのストレートとは異なりCountup%も維持しており、カウントも不利にしていない。左打者に対するストレートは、制球も良く、高めを上手く活用しているようだ。
カーブ
田中の左打者に対する投球は、スライダー、スプリット、ストレートが90%を占めている。カーブについては、サンプルが小さいため明確な傾向は見えにくいが、完全にカウント球として使用されている(表2-5)。ストライクゾーンへの投球率やストライク率が非常に高く、いつでもストライクを奪える球として有効なサブウエポンとなっている。
2021年NPB復帰初年における田中将大の展望
これらを総合して、2020年の田中は球速や変化量で打者を圧倒する特別な球種を持っていなかったことがわかる。しかし優れた制球力で変化球のポテンシャル、特にスライダーの威力を最大限に発揮し、MLBの標準的なローテーション投手級の結果を残していた。
さて、2021年の田中はNPBでプレーすることになった。田中のストレートや2シームの球速はMLBでは平均を下回っていたが、NPBでは平均を上回る数字となる。計測機器の差異を考慮する必要もあるが、MLBで課題となっていた速球が強みになる可能性も考えられそうだ。少なくとも、MLBよりも速球が効果的になる見込みが大きい。
2020年の内容から判断すれば、田中将大はNPBでエース級の貢献を期待できる投手と評価できる。使用球やストライクゾーンの違いはあるが、速球の制球やスプリットの変化量次第で2013年までのNPB時代を上回るパフォーマンスを見せる可能性も十分考えられる。2021年の田中将大を予想する上で、今回の分析が一材料となれば幸いである。
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