• 1.02 Column



セイバーメトリクスの本場アメリカでは、毎月のようにデータマニア、記録マニアたちのカンファレンスが各地で開かれている。その中で最も有名なものの1つが、毎年8月にボストンで開かれる「セイバーセミナー」だ。先日、今年の開催要項が発表されたため、このタイミングでその歴史、概要を振り返るとともに、昨年のセミナーの様子をリポートする。


セイバーセミナーの歴史を振り返る


セイバーセミナーの正式名称は「Sabermetrics, Scouting, and the Science of Baseball」といい、今年で8 年目を迎える。起源は2010年の夏にチャック・コーブダン・ブルックス(彼はピッチトラッキングウェブサイトの大御所、Brooks Baseballの発起人でもある)の両名がマサチューセッツ工科大学のHSSP(High School Scholar Program、高校生が夏休み中に大学のコースを受講して単位を得られるプログラム)として8週間のコースを主催したことにさかのぼる。

そこから発展した翌2011年の5月にハーバード大学にて2日間に渡って行われたカンファレンスが正式な第1回セイバーセミナーとなっている。その際のプレセンターには当時レッドソックスのフロントオフィスで働いていたトム・ティペットとジャレット・ポーター、『The Extra 2%』の著者ジョナ・ケリ、そしてセイバーメトリクスのバイブルともいえる書籍『The Book』の共著者トム・タンゴミッチェル・リクトマンらが含まれていたが、集客には苦労したという。その後、ボストン大学に場所を移した翌2012年の第2回セミナー以降は順調に規模を拡大し、今ではチケットがすぐに売り切れMLBのほぼ全球団のフロントオフィスのスタッフが参加するまでの人気になっている。

コーブ氏によれば、セイバーセミナーでプレセンテーションを行ったアマチュア分析家の多くはその後スポーツ業界に就職し、その中にはMLBとNBAチームの分析部のディレクターになったものもいるという。実際に昨年プレゼンターを務めたジュリア・プルーサックキリー・オーラーは、今年からそれぞれセントルイス・カージナルスとミネソタ・ツインズのフロントオフィスに雇われている。

またセイバーセミナーについて、コーブ氏とブルックス氏は最も誇りにしていることとして、チケット売り上げ全額の医療チャリティーへの寄付を挙げている。彼らはこれまでに17万ドルを超える金額をJimmy FundAngioma Allianceに寄付してきた。さらに今年から新たに、女性とマイノリティの学生2名に対してそれぞれ2000ドルの奨学金をオファーすることも発表されている。

このように、セイバーセミナーはビジネス目的ではなく、純粋な善意と野球への好奇心、探求心で成り立っているイベントだ。


第7回セイバーセミナーの様子をリポート


私は昨年行われた第7回セイバーセミナーに実際に参加し、現地の雰囲気を味わうとともに、本場アメリカの分析者たちと交流を深めてきた。ここからはその模様をリポートしよう。

会場となったのはボストン大学内のメットカフ・サイエンスセンター。レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークからは目と鼻の先、徒歩3分の距離にある好立地だ。


参加者にはそれぞれ、このようなネームタグが配布される。



初日はコーブ氏の挨拶で幕開け。過去に複数回、海綿状血管腫という脳腫瘍の一種と闘ってきたコーブ氏だけに、セミナーのチケット売り上げをこの腫瘍のリサーチ団体であるAngiona Allianceに寄付できることの喜びを述べた際には感極まって言葉に詰まる場面もあった。海綿状血管腫は、過去にレッドソックスのトッププロスペクトだったライアン・ウェストモアランドを22歳の若さにして引退に追い込んでいる難病だ(ちなみにウェストモアランドは2016年の同セミナーにおいて腫瘍に関してのスピーチを行っている)。

午前中のハイライトは元レッドソックスのGM で、現在はブルージェイズのベースボール・オペレーション部門のナンバー2を務めるベン・チェリントンのQ&A。彼はかなりの時間を割いて、クラブハウスでリーダーシップを発揮する「ギヴァー(giver)」と呼ばれる選手がいかに重要であるかを語った。このようにセイバーセミナーという名称ではあるが、プレゼンテーションの内容は精神面やニューロサイエンス(神経科学)など、数字の分析だけにとどまらない。逆に言えば、アメリカではこういった要素もセイバーメトリクスの分野として認知されはじめているということだ。

その後、ヤンキースのアシスタントGMのジーン・アフターマン及びチェリントンの妻であるタイラー・タミニアが登壇し、女性としての立場から球界について語る場面もあった。

ランチを挟んで、午後のメインアトラクションはホワイトソックスのGM、リック・ハーンのQ&Aセッション。彼がトレード・デッドラインに犯したあるうっかりミスを暴露した際には、会場全体が爆笑に包まれた。その後、私の「なぜホワイトソックスは毎年故障者を最低限にとどめられているのか」という質問に対しては「球団組織全体として、ルーキーリーグからメジャーレベルまで徹底して管理し、故障しにくい選手を育成する体制をとっているからだ」と答えてくれた。

ラストは人気ポッドキャスト「Effectively Wild」のライブレコーディングだ。ホストのベン・リンドバーグジェフ・サリバンに、MLBで9年間プレーしたデーブ・ブッシュ元投手、さらには4人の独立リーグ選手がゲストとして加わり、いつも以上に興味深いエピソードとなった。

初日のプログラムがすべて終了した後は、もちろんセミナー参加者で連れ立ってフェンウェイ・パークでのレッドソックス対ホワイトソックスの試合を観戦。真剣なベースボール談義あり、くだらないジョークありで3時間の試合はあっという間に過ぎていった。


飛ぶボール疑惑や女性捕手のフレーミングについての発表も


2日目のキックオフはレッドソックスのスカウティングと育成部門から計4名が登壇してのパネル。他の参加者からの「スカウトになるにはどうすればいいか」という質問には、「とにかくたくさんの試合をネット裏から観ること」というアドバイスがあった。

野球物理学の第1人者で、セイバーセミナーの常連プレゼンターでもあるアラン・ネイサンは前年に引き続きMLBの飛ぶボール疑惑について検証。2015年のオールスター前後、ランダムに2分割された2016年のデータ、それから2017年前半戦のデータを比べたところ、2016-2017年は2015年前半戦に比べて飛距離が平均して5フィート伸びるようになっており、それが本塁打の総数を15%増やす結果につながっている、という結論が出た(発表の全貌はこちらで閲覧可能だ)。

午後イチでプレゼンテーションを行ったのは2008-2009年にレイズでプレーしたフェルナンド・ペレス元外野手。彼は元選手としての視点から様々な考察や経験を語ったのだが中でも衝撃的だったのは以下のエピソードだ。とあるマイナーの外野手が、守備位置を変えるようにどれだけ指示されてもセンターにあるチームのロゴから1歩も動かなかった。そこで、ロゴの位置をずらしたところ、その外野手も合わせて守備位置を変えた。



そんな嘘とも真ともつかない話に次いで興味深かったのはジェン・マック・ラモスショーン・ブロディーロニー・サァカッシュの3人による女性捕手についての発表だ。

彼らがインターネット上で「史上初の女性メジャーリーガーが現れるとしたら、彼女はどのポジションが最も有力だろうか」というアンケートを取ったところ、大多数が投手と答えた。だが、彼らは2013~2016年にフロリダ大学の女性ソフトボールチームで捕手を務めたオーブリー・マンロに注目。彼女が2015年のNCAAトーナメント中にフレーミングにおいて圧倒的な成績を収めたこと、スローイングでもソフトボール捕手の平均ポップタイムを大きく上回る数字をたたき出していることなどをあげ、キャッチングのスキルは他のポジションのそれに比べてソフトボールから野球への変化にスムーズに対応できるのではないかという仮説を提唱。また、2人の現役MLBキャッチャーの「低めに構えたほうがフレーミングにおいて有利になる」というコメントを引用し、平均的なソフトボールの捕手が平均的なMLBの捕手に比べて身長が約15㎝低いこともプラスに働くだろうと推測した。確かに彼らの仮説は一理あるし、本当に将来MLBに女性捕手が現れたら素晴らしいことではないか。ちなみに発表者の1人、ラモスはクィア(性的少数)のアナリストとしては第1人者だ。

今回2日間に渡りMCを務めたのはホワイトソックスのTV実況担当、ジェイソン・ベネッティ。彼は絶妙なセンスのユーモアを交えた司会ぶりで新たなファンを多数獲得したはずだ。私もその1人で、おそらく今季は以前に比べてより多くホワイトソックスの試合を見ることになるだろう。

すべてのプレゼンテーションが終わっても、さらなる交流を図るべくバーに集う者もいた。このようにセイバーセミナーは現在のセイバーメトリクスにおいて重要な役割を担っているイベントだ。野球の分析に興味のある方なら参加して損はない。

また、セイバーセミナーと合わせて参加したいのが前日の金曜日に行われるFanGraphs主催のミートアップ。いわゆるオフ会だ。セミナー自体は休憩時間がほぼなく、矢継ぎ早にプレゼンテーションが行われるので、他の参加者との交流を図る時間があまりない。それだけに、セミナー会場からほど近いバーのフロアを貸し切って行われるこの交流会は重要な意味を持つ。

もしこれを読んで参加を検討されている方がいたら、今から8月4日と5日(そして交流会が行われる3日も)のスケジュールを開け、ボストン行きのチケットを予約してほしい。



山崎 和音@Kazuto_Yamazaki
バイリンガルに活動するライター。1.02以外にもBeyond the Box ScoreBaseball Prospectusといったウェブサイトに寄稿。BP Anuall 2018では日本野球に関するチャプターを執筆。セイバーメトリクス的視点からだけではなく、従来のスカウティングを駆使した分析もする。趣味のギターの腕前はリプレイスメント・レベル。

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