公認野球規則においてストライクゾーンは、横幅は「ベースの幅」、高低は「肩の上部とズボンの上部の中間点」から「膝頭の下部」と定義されている。このようにルール上は打者ごとに一定であるはずのストライクゾーンだが、
先行研究によるとその広さはストライク・ボールカウントの影響を大きく受けるようだ。ではそれ以外に影響を受ける要素はないのだろうか。このシリーズでは球審の判定に影響を及ぼすさまざまな要素について検証を行っていく。今回はカウントによってストライクゾーンが「インコースとアウトコースどちらにより広くなるか」を調べる。
アウトコースはストライク判定されやすいのか
俗説として、球審が実際に判定するストライクゾーンは、アウトコースが広く、インコースが狭いという話がある。これは事実なのだろうか。投球されたコースごとにストライク判定される割合が変わるかどうかを調べてみたい。
検証には以下の図1のように投球座標データを区分し使用した。この図は捕手視点で、黄色で塗った部分がルールブック上のストライクゾーンにあたる。なお左打者については左右を反転させて使用している。
このようにして作成した図を使用して、まずは見逃されたすべての投球を対象としたストライク判定率を見てみる。なおデータは2016年から2018年までのNPBレギュラーシーズンのものを用いている。ちなみにこの投球データはトラッキングではなく目視で入力されたものだが、過去のフレーミングの研究でも成果が出ていることから一定の妥当性があるものと考え使用している。
ゾーンの中央付近ではストライク判定率が90%以上になっている一方、ゾーンの境界付近ではゾーン内でも50%前後になっているところもある。特に高め・低めいっぱい付近はストライク判定率が低い。他方で高さがゾーン真ん中の投球は横幅がストライクゾーンから多少外れても50~70%程度はストライク判定となっている。
横幅に注目すると、高さにかかわらず、インコースに比べてアウトコースでストライク判定率が高い傾向が見られる。これはゾーン内であってもゾーン外であっても変わらない。
高低がストライクゾーンに入っている投球(高さの番号が2~7)に限定して、コースごとのストライク判定率も見てみよう(図2-2)。
横軸の番号の裏地が黄色いものがストライクゾーン内を示している。ゾーン内にあたる2と7、ゾーン外にあたる1と8のコースを比較しても、アウトコースにあたる7、8の方がストライク判定率は高い。やはりインコースに比べてアウトコースの方がストライクコールをもらいやすいようだ。
インコース、アウトコースへのゾーンの広がりを投手有利カウントで検証
では、このような傾向はカウントによって変わるのだろうか。実際に判定されるストライクゾーンは、一般的に打者有利なカウントほど広く、投手有利なカウントほど狭くなるようだ。
まずは投手有利な2ストライク時のストライク判定率を見てみる(図3-1)。
2ストライクにカウントを絞ったことでどれだけストライク判定率が低下したか、図2-1と図3-1の差を表す図3-2も用意した。カウントを絞っていなかった図2-1と比べると、2ストライク時は全体的にストライク判定率が低下している。また全体的にアウトコースでストライク判定率の低下が大きくなっているようである。
さきほどと同じように高低がストライクゾーンに収まった投球に限定したコース別のストライク判定率も見てみる(図3-3)。
中心のゾーン付近でもストライク判定率が70%台と低いのは、2ストライク時は真ん中の投球が見送られることが少ないためだ。高低いっぱいの投球ばかりが対象となっているため、真ん中であってもこのように低い割合になる。
ゾーン外の1と8では依然としてアウトコースの方がストライク判定率が高いものの、その差は全ての見逃された投球を対象とした場合よりも小さくなっている。また、ゾーン内の2と7を比べても、その差は1%程度となっており、インコースとアウトコースでほとんど差が見られなくなっている。
さらに明確な投手有利カウントである0ボール2ストライク時を表した図4-1と、全体との差を示した図4-2も見てみる。
0ボール2ストライクでは境界付近にとどまらず、中心付近のゾーンでもストライク判定率が下がっている。状況を限定しサンプルサイズが小さくなった影響からか、同じ高さでもコースが中心に近いゾーンのほうがストライク判定率が低いゾーンも見られる。全体的な傾向としてはインコースでストライク判定率が高い。特に低めのストライクゾーン内境界付近の7の高さなどで顕著にアウトコースのストライク判定率が低下している。
高低がストライクゾーンに収まった投球に限定したコース別のストライク判定率も見てみる(図4-3)。
インコースの境界付近である1、2とアウトコースの境界付近である7、8のコースのストライク判定率を比較すると、カウントで条件を絞らなかった図2-2と比べて、アウトコースのストライク判定率が大きく下がっていることがわかる。
このような結果となった理由は明らかでない。ただもしかすると0ボール2ストライクからアウトコースに1球外す配球が多いことが関係しているのかもしれない。球審がそうした配球をよく見ることから「アウトコースの投球はボールゾーンに外す投球だろう」という先入観を持って判定をしていてもおかしくはない。
打者有利カウントでゾーンの広がりを検証
では、逆に打者有利なカウントではどうなっているのか。3ボールの場合についても見てみよう。
2ストライク時とは反対にアウトコースのストライク判定率が高くなっている。高低が3~6に収まっていれば、ゾーン外の8のコースでも60~70%はストライクになっている。
高低がストライクゾーンに収まった投球に限定したコース別のストライク判定率も見てみる(図5-3)。
インコース1のコースはストライク判定率が40~50%ほどであるのに対して、アウトコース8のコースは60%を超えている。球審が四球を避けようとするため、3ボール時はゾーンが広がる傾向にあるが、その広がり方はアウトコース側により大きくなっているようだ。
より明確な打者有利カウントである3ボール0ストライクではどうであろう(図6-1、図6-2)。
最も打者が有利なカウントになるとインコースへのゾーンの広がり方も大きくなってくる。しかしそれでもなおアウトコースの方がストライク判定率は高い。特に、アウトコース低め境界付近はインコース低め境界付近に比べて非常に割合が高くなっている。これは2ストライク0ボールのとき(図4-1)とは正反対の結果である。
高低がストライクゾーンに収まった投球に限定したコース別のストライク判定率も見てみる。
インコース・アウトコースともにストライク判定率が上昇しているが、アウトコースは多少コースが外れていてもなんと7割程度はストライク判定となっている。打者有利なカウントではアウトコースが広くなる傾向が顕著といえる。
まとめ
以上の結果をまとめると次のようになる。
審判が判定するストライクゾーンはアウトコースに広く、インコースに狭い。
ただし投手有利なカウントでは、アウトコースでストライク判定率が大きく低下する。特に0ボール2ストライク時は、むしろアウトコースの方がインコースよりもストライク判定率が低くなる。
打者有利なカウントでは実際のストライクゾーンが広がる傾向があるが、どちらかというとアウトコース側に広がりやすい。
点差やイニングがストライク判定に与える影響を検証したPart2はこちらから。
参考文献
本文中に引用したもののほか以下のもの
Guy Molyneux,"Prospectus Feature: Umpires Aren’t Compassionate; They’re Bayesian",Baseball Prospectus,2016
https://www.baseballprospectus.com/news/article/28513/prospectus-feature-umpires-arent-compassionate-theyre-bayesian/
Jon Roegele,"Baseball ProGUESTus: The Living Strike Zone",Baseball Prospectus,2013
https://www.baseballprospectus.com/news/article/21262/baseball-proguestus-the-living-strike-zone/
市川 博久(いちかわ・ひろひさ)/弁護士 @89yodan
学生時代、知人が書いていた野球の戦術に関する学術論文を読み、分析に興味を持つ。
その後『マネー・ボール』やDELTAアナリストらが執筆したリポートを参考に自らも様々な考察を開始。
『デルタ・ベースボール・リポート2』にも寄稿。