野球のデータ分析を手がける株式会社DELTAでは、先日、データで選ぶ守備のベストナイン
“デルタ・フィールディング・アワード2024”を発表しました。ここでは投票を行ったアナリストが具体的にどのような手法で分析を行ったか、またその分析からの感想を紹介していきながら、具体的に分析データを見ていきます。今回は捕手編です。受賞選手一覧は
こちらから。
対象捕手に対する6人のアナリストの採点
捕手は中村悠平(ヤクルト)が受賞となりました。中村はアナリスト6人のうち3人が1位票を投じ、60点満点中49点を獲得しています。中村は2022年に4位(13名中)、2023年に3位(13名中)と上位にランクインしていたものの過去受賞には至っておらず、今年が初の受賞となりました。中村に1位票を投じたアナリスト市川氏はフレーミング能力を高く評価しました。
昨年から大きく順位を上げた若月健矢(オリックス)が2位。1位票を1票、2位票を2票獲得するなど高い評価を得ました。アナリスト宮下は「フレーミング、ブロッキング、盗塁阻止といった項目でいずれも上位」といった理由から、若月に1位票を投じています。特に盗塁阻止においてトップの評価となったようです。
パ・リーグのゴールデングラブ賞も獲得した甲斐拓也(ソフトバンク)は3位になっています(同ポイントで並んだ場合より高順位票が多い選手を上位としています)。かつては本企画において評価が低迷していた選手ですが、フレーミングに改善が見られた昨年から評価が急上昇。今年もさらにフレーミング能力が向上しており、アナリスト宮下の分析では全体トップのフレーミング評価となったようです。
今回、2021-22年の本企画受賞者である大城卓三(読売)の名前は載っていません。代わりに対象となった読売の捕手が岸田行倫。本企画では4位に選出されています。1位票も獲得するなど、レギュラー定着1年目から守備で高い評価を得ました。アナリスト宮下は岸田の特徴としてブロッキング能力の高さを挙げています。
昨年の受賞者、坂本誠志郎(阪神)は5位に順位を落としました。昨年は圧倒的なフレーミング評価を得ていましたが、今季はその強みが見られず。フレーミング評価の内訳については後述します。
打撃型の捕手、坂倉将吾(広島)はわずか1ポイントしか得られずワースト評価に。昨年同様、主にフレーミングで他の選手に差をつけられたようです。また、アナリスト佐藤氏は二盗時の二塁への送球の正確性で評価を落とした点についても言及しています。打撃で差を生み出せる捕手ではありますが、守備面では依然課題を多く抱えているようです。
2018年より本企画では、DELTA取得の投球データを使ったフレーミングもアナリストによっては評価の対象としています。DELTA取得の投球データは目視により入力されたものであり、機械的に取得したデータと比べた際には精度の部分で課題を抱えています。しかしこれまでの本企画、またほかの研究においても一定の成果を得られているため、データ入力におけるルールの厳格化、分析時のデータの扱いにおいて注意を払うことを徹底したうえで、評価を解禁しています。今回はアナリスト6名全員がフレーミングを評価対象としました。
毎年この捕手部門では、フレーミングの優位が全体の順位を決めるほど決定的な役割を担っていました。しかし、今季は捕手間のフレーミング得点差が縮小。それにより、例年に比べて影響が小さい評価項目となったようです。この現象について、アナリスト道作氏は「多くの球団で専門コーチを雇うなどフレーミング対策を行った結果、少しずつ捕手間の能力差が縮まってきたのではないか」と指摘しています。
各アナリストの評価手法(捕手編)
- 岡田:DELTAのベーシックな捕手評価(盗塁阻止+捕逸阻止+失策+併殺)にフレーミングを追加
- 道作:ベーシックな捕手評価+フレーミング。過去3年間の守備成績から順位付け
- 佐藤:フレーミングと盗塁阻止(ポップタイム+送球コントロール)の2項目でそれぞれ順位付けを行い、各選手のはたらきをポイント化。それを合算した
- 市川:失策回避、盗塁阻止、併殺奪取、フレーミングの合計点。フレーミングは独自の基準を採用
- 宮下:フレーミング、ブロッキング、盗塁阻止の評価に機械学習を採用。サンプルの問題でこれまで困難だったフレーミング評価時における球場や球審の偏りも機械学習の採用によって克服されている
- 二階堂:ベーシックな捕手評価+フレーミング。フレーミングにはリーグ差補正も考慮したものに
アナリスト宮下はどう分析したか。フレーミングデータを公開!
ここからはアナリスト宮下博志の分析結果を例に、捕手の守備評価を具体的に見ていきます。宮下は捕手の守備を「①ブロッキング(暴投・捕逸阻止)」、「②盗塁阻止」、「③フレーミング」の3項目で評価を行いました。3項目いずれの分野の評価にも機械学習が使われています。
<宮下の分析手法>
①ブロッキング:球種、構え、投球コース、投手左右などの投球情報から、投球ごとの走者の進塁期待値を算出。期待値と比較しどれだけ進塁を抑止したかを得点化。機械学習を用いて算出。
②盗塁阻止:球種、構え、投球コース、投手左右などの投球情報から走者の盗塁成功率を算出。期待値と比べてどれだけ盗塁を阻止したかを得点化。機械学習を用いて算出。
③フレーミング:球種、構え、投球コース、投手左右などの投球情報に加え、球場、球審、投球カウントも考慮して、見逃し時にストライクになる割合を算出。それと比較して実際にどれだけストライクを獲得したかを得点化。機械学習を用いて算出。
1.若月健矢(オリックス)
若月は762イニングを守り、平均レベルの捕手に比べて6.0点多く失点を減らしたという評価です。
項目別に見ると全体的に好成績を残しています。特に今季は盗塁阻止で平均より3.2点も多く失点を防いだようです。若月は今季盗塁阻止率.474と一般的なスタッツでも優れた値を残しましたが、より詳しいデータ分析のレベルでもやはり高く評価されています。また、フレーミングでも2.0点分の失点を阻止。昨季の-0.1点から数字を伸ばすなど、向上が見られました。
ストライク獲得状況をビジュアル化した以下の図で、若月のフレーミングの得意・不得意コースを見ていきましょう。赤くなるほどストライク増加、青くなるほど減少を示しています。
コースごとにはっきりとした傾向は見られません。昨季は得意なコースと苦手なコースが分散していましたが、今季はどのコースでも満遍なくストライクを増やしています。
2.甲斐拓也(ソフトバンク)
甲斐は924.2イニングを守り、平均レベルの捕手に比べ5.3点分の失点を防いだという評価を得ています。特にフレーミングで他の捕手と差をつけているようです。甲斐といえば「甲斐キャノン」と呼ばれる強肩による盗塁阻止が知られていますが、盗塁阻止の値は-0.4。昨季同様傑出した数字は残せていません。捕手としての強みが盗塁阻止からブロッキングやフレーミングに変わってきているのかもしれません。
以前の甲斐は低めのフレーミングに課題を抱えており、他の選手と差をつけられる要因となっていました。しかし、専門家に指導を仰いだという報道もあった昨季は低めのフレーミングに改善が見られました。
今季も低めに大きなマイナスは見当たらず、むしろストライクを増やせる得意なコースとなっています。低めの改善が甲斐浮上の最大の要因でしょうか。また低めが改善した一方で新たに苦手なコースが生まれたというわけでもなさそうです。甲斐の改善は、フレーミングのトレーニングが確かな成果に結びつくという象徴的な出来事と言えるのではないでしょうか。
3.岸田行倫(読売)
岸田は645イニングを守り、平均的な捕手と比較して4.3点分の失点を防いだという評価です。各項目で平均以上の評価を得ており、特に盗塁阻止によって3.0点分の失点を防いでいます。これは若月に次ぐ全体2位の成績です。
また、盗塁阻止ほど影響は大きくないものの、ブロッキングにおいても0.9点分の失点を阻止。これは全体トップの成績となっています。今季ブレイクを果たした選手ですが、捕手としての守備力はすでに一軍でもトップクラスです。
フレーミングにはっきりとした傾向は見られません。比較的低めのコースで多くのストライクを獲得している一方、高めではストライクを取れないケースが多いようです。すでに優れた守備力を誇っていますが、フレーミングにはまだまだ伸びしろがありそうです。
4.中村悠平(ヤクルト)
本企画を受賞した中村ですが、アナリスト宮下の評価では4位に留まっています。784イニングを守り、平均レベルの捕手と比べて4.3点分の失点を防いだという評価です。盗塁阻止で1.7点分、フレーミングで4.0点分の失点を防いでいますが、ブロッキングの-1.4点がやや響く結果となりました。
フレーミングの4.0点は上位クラスですが、昨季のフレーミング評価10.4からは数字が大幅にダウンしています。
フレーミング評価10.4を記録した昨季は、打者左右ともに外角で多くのストライクを獲得していました。今季も左打者の外角で安定してストライクを増やしており、ここは中村の得意なコースと言えるかもしれません。一方、昨季得意にしていた右打者の外角ではあまりストライクを増やせていなかったようです。このあたりが昨季ほど数字が伸びなかった要因かもしれません。
5.梅野隆太郎(阪神)
梅野の捕手評価は3.6。昨季は例年強みとなっていたフレーミングでマイナス評価となっていましたが、今季は3.2と上位クラスの数値を記録しました。守備面では依然上位クラスの貢献度を誇っています。
右打者の内角、左打者の外角で多くのストライクを獲得しています。三塁側のコースを得意にしているようです。一方、他のコースではストライクを減らすことも多かったよう。特に右打者の外角でストライクを取れず、フレーミング評価が下がった要因となっています。
6.坂本誠志郎(阪神)
坂本の捕手評価は0.3点とほぼ平均クラスの評価に。本企画を受賞した昨季の11.2点から大きく成績がダウンしています。昨季はフレーミングで9.3点もの失点を防いだという評価でしたが、今季はわずか0.2と差をつけられませんでした。
昨季同様、低めのコースで多くのストライクを獲得しています。枠から大きく離れた低めのボールでもストライクを増やしており、一貫してこのコースを強みにしているようです。一方、他のコースでは全体的にストライクを失うことが多いよう。坂本は昨季まで右打者外角のフレーミングを苦手にしており、今季も改善は見られず。また、はっきりとゾーン内に来た投球においてもストライクを失うことが少なくなかったようです。
7.山本祐大(DeNA)
セ・リーグのゴールデングラブ賞にも輝いた山本。本企画では8位、宮下の評価では7位という結果に終わっています。各項目で平均的な数字となっており、守備面で明確な強みは見られません。ただ長所の打力を殺さないという点で十分な守備力といえるでしょう。
コース別に見ると、ストライクゾーン内の投球で確実にストライクを獲れている傾向が見られます。一方、際どいコースではあまりストライクを増やせていないようです。特に右打者の低め、左打者の内角ではかなりストライクを減らしています。すでにNPB屈指の捕手とも言える選手ですが、苦手なコースのフレーミングを改善することで、より突き抜けた存在になるのではないでしょうか。
8.太田光(楽天)
太田の捕手評価は698イニングで-1.2とほぼ平均レベル。項目別に見ると、盗塁阻止で1.0点と平均以上の成績を残しています。この優秀な盗塁阻止能力は、1.2点を記録した昨季から継続されているようです。
一方、フレーミングで2.6点分失点を増やしており、総合的にはマイナス評価となっています。「平均クラスのブロッキング、優秀な盗塁阻止、平均以下のフレーミング」という評価は昨季と変わっていません。
打者左右ともに低めのコースで比較的多くのストライクを獲得しています。一方、真ん中から高めのコースではゾーン内の投球でもストライクを減らしており、特に対右打者のフレーミングを苦手としているようです。昨季苦手としていた右打者外角のコースにも改善は見られませんでした。
9.田宮裕涼(日本ハム)
今季ブレイクを果たした田宮は9位。平均レベルの捕手に比べ、2.1点分の失点を増やしたという評価です。ブロッキング、盗塁阻止ではほぼ平均レベルと言える成績を残していますが、フレーミングでは-2.6点とややマイナスに。このマイナスによって順位を下げる結果となりましたが、-2.6点は致命的なマイナスと言える数値ではありません。
左打者にはまずまずのフレーミングを見せましたが、右打者でかなりストライクを失っている様子がわかります。特に右打者の外角低めを苦手にしているようです。ただ、枠から大きく離れたコースではストライクを増やしています。特に高めのボール球ではストライクを増やしました。
10.古賀悠斗(西武)
古賀は771イニングを守り、平均レベルの捕手に比べて3.9点分の失点を増やしたという評価。平均以下の評価となりましたが、昨季の捕手評価-6.8点からは若干成績が向上しています。ワースト評価だった昨年から、若干ですが順位も上がりました。特にフレーミングの得点に向上が見られており、昨季の-7.1から-2.2まで成績が改善されました。
昨季のフレーミング評価-7.1点から大きく改善され、平均をやや下回る程度の評価となった古賀。注目したいのは枠線近くの際どいコースです。昨季の古賀は枠線全体を取り囲むかのように、ストライクを失う傾向が見られました。今季も弱点ではありますが、比較的状況は改善しているように見えます。フレーミングを強みと呼ぶには至っていませんが、少しずつ進歩しているようです。
11.佐藤都志也(ロッテ)
佐藤は856.2イニングを守り、平均レベルの捕手と比べて4.1点分の失点を増やしたという評価です。昨季の-4.6点から大きな変動はなく、守備面では平均をやや下回る捕手という評価でしょうか。ブロッキングは-1.4、盗塁阻止は-1.7、フレーミングは-1.0と、各項目で見ても平均をやや下回る評価となっています。ただ、フレーミングは昨季の-3.1から約2点ほど改善されたようです。
佐藤の今季のフレーミングは傾向がはっきりしていました。右打者の内角、左打者の外角にあたる三塁側のコースでストライクを減少。一方で特に左打者の低めでストライクを多く獲得しました。2年前と比較するとゾーン内で安定してストライクを取れるようになっており、全体的には進歩が見られます。
12.坂倉将吾(広島)
坂倉は583イニングを守り、平均的な捕手に比べて6.1点分の失点を増やしたという評価です。-5.9の昨季から成績はあまり変わっていませんが、出場イニングが減少していることを考えると、むしろ評価は下がったと言えるでしょうか。盗塁阻止で1.9と上位の数値を記録していますが、フレーミングの-7.5という大きなマイナスが響く結果に。坂倉は昨季もフレーミングでワーストクラスの数値を記録しており、最大の課題となっています。
明確に得意としているコースは見当たりません。全体的にストライクを失っており、引き続きフレーミング技術は捕手・坂倉の課題となりそうです。ただ、甲斐が大きく成績を改善したように、フレーミングは指導によって伸びる技術。打撃で差を生み出せる坂倉にフレーミング技術が備われば、NPB最高クラスの捕手になるかもしれません。
総評
昨年の総評で予想したように、捕手全体でレベルが上がったのか、捕手間の格差が小さくなる結果となりました。そして、その要因として挙げられるのはNPB全体におけるフレーミング技術の向上の可能性です。過去のMLB同様、フレーミングの重要性が徐々に広まり、多くの球団が技術向上に取り組んだ結果かもしれません。
フレーミング技術は、データが発展していく中でその重要性が解明された「セイバーメトリクスによる新たな発見」と言えます。捕手間のフレーミング得点の差が縮まっているというデータは、徐々に現場にもセイバーメトリクスが浸透していることを示しているのではないでしょうか。
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