BABIPという指標がある。インプレーになった打球(本塁打を除く)がどれだけの割合で安打になったかを表す数字だ。この指標は「運の影響が大きい」ことで知られている。多くの投手のBABIPはおおむね.300前後に落ち着き、突出したシーズンがあっても翌年には平均へ回帰する傾向があるためだ。

ただしこの指標を打者視点で見ると話はそう単純ではない。打者のBABIPについては、通算BABIPが.340を超える打者がいる一方で、.260台に沈み続ける打者もいる。つまり個人差がある。この個人差はどこから来るのだろうか。要因としてよく知られているのは内野安打の多さやポップフライの多さ。たとえばライナーのBABIPは.619ある一方、ポップフライは.019しかない[1]。ライナーが多くポップフライが少ない打者ほど、BABIPは高くなりやすい。

ただBABIPについては依然としてわからないことも多く、こうした要因を足し合わせても個人差を説明しきれてはいない。どんなメカニズムがこのBABIPを支えているのか。今回はバットトラッキングデータを使って、新たな観点を加えてみたい。

速球のBABIPマップに存在する不自然な角

はじめに以下の図1を見てほしい。これは2015-26年のMLBにおける速球(4シーム&シンカー)のBABIPを25分割したコースに落とし込んだものだ。打者左右関係なく左側が内角、右側が外角と表現するために、左打者を左右反転させた捕手視点のマップにしている。赤いセルほどBABIPが高い、青いほど低いことを表す。

 「インプレーになりさえすれば安打の確率は3割前後に収束する」というBABIPの通説に従えば、この図はどのセルも3割前後の似た値で埋まるはずだ。ところが実際には最も高いセルで.338、低いセルでは.181と安打の出やすさに大きな開きがある。

このバラつきは何によって生まれているのだろうか。図をよく見るとBABIPが低いセルは打者の内角に固まっている様子がわかる。特に内角高めは顕著だ。ゾーン内内角高めは.265。横幅も高さも外れた内角高めは.181まで低下する。一方で外角側は高い。特に真ん中から低めには.330を超えるセルが複数並ぶ。

また同じ内角でも低めであればBABIPはそれほど低くならない。ゾーン内内角低めは.320と3割を超える。極端に低いのは内角高めだ。単純にBABIPの良し悪しが内外角で分かれているわけではなく、コースの高低も関係しているようだ。一般的なBABIPの説明ではこの現象を説明しきれない。

内角高め速球のBABIPを低める時間的制約

ではなぜ速球は内角高めだけBABIPが低くなるのだろうか。その原因に迫るためにバットとボールの動きを物理的にイメージしてみたい。 

はじめに考えたいのは、内角の詰まりやすさだ。バットの芯は先端寄りの一点にしかない。一方で内角球は打者の身体の近くを通る。スイングした際に身体の近くにあるのはバットの根元だ。そのため通常のスイングをすると、内角球は根元に当たるいわゆる詰まる打球になる(図2の①)。

この内角の詰まりを避けるための鉄則として知られるのが「前で捌く」アプローチだ。スイングは身体を軸にして回るため、前方に進むほどバットの先端は外角から内角に近づいてくる(図2の②)。前で捌けば内角であっても詰まらずに済む。

しかし前で捌くとは投球をより早い時点で迎え撃つということだ。そのためには始動を早めるしかない。当然その分だけ投球を見極める時間がなくなり、対応力が削がれるデメリットも生まれる。

中でも打者まで到達する時間が最も短いのが速球だ。内角の、特に速球は、打者の時間的猶予を最も削る一球といっていい。間に合わなければ詰まる。無理に間に合わせようと始動を早めれば見極めの時間を失う。打者はこのジレンマを抱えることになる。

同じ内角でも低めのBABIPが悪くない理由も説明がつく。ポイントは手とボールの距離だ。芯は手から離れたバットの先端寄りにある。つまり芯で捉えるには、手とボールの間にその分の距離が必要になる。内角高めは手のすぐそばに来るためこの距離がとれない。差し出せるのは根元だけだ。一方で内角低めは身体に近くても、高さの分だけ手から離れている。手を下げなくてもバットの長さでヘッドは届く。距離がとれるため詰まらずに芯で捉えやすいのだ。

図1で沈んでいたのが「内角」ではなく「内角高め」だった理由はここにある。内角高め速球に対する低いBABIPの正体は、間に合わずに詰まったスイングの集積ではないだろうか。

坂本勇人、落合博満――内角打ちの名手の「前の肘を抜く」技術

では、前で捉える以外に詰まりを避ける方法はないのだろうか。このコースに速球を投げられると、打者は低いBABIPを受け入れるしかないのだろうか。実は解決法はある。

鍵になるのはさきほどの「手とボールの距離」だ。通常のスイングでは、グリップは身体の前の決まった通り道を進む。内角高めはその手のすぐそばに来るため、距離がとれず、根元で迎えるしかなかった。

そこで、スイング時に前の肘を畳み、グリップを身体側へ引き込む(図2の③)。すると手がボールから遠ざかる分、手とボールの間に距離が生まれる。距離ができれば差し出せるのは根元ではなく芯になる。前で捌くことが時間を前借りして距離をとる方法だとすれば、肘を抜くことは手を引き込んでその場で距離を作る方法だ。早い始動という代償を払わずに、詰まらず芯に合わせられる。

そんな器用なことができるのか、机上の空論ではないかと思うかもしれない。だがこの動きには古くから名前がついている。「前の肘を抜く」。内角打ちの巧さが語られるとき、決まって出てくる表現だ。よく挙げられるのが落合博満や坂本勇人である。内角球に対して、坂本が前の肘を抜いて対応する姿や、落合が腕を伸ばし切らないスイングで本塁打にする映像を見たことがある人も多いはずだ。前の肘を抜いてスイング半径を縮める動きはプロの超一流打者が採用するテクニックとして現実にある。

だとすればこのように前の肘を抜く技術がある打者は詰まりにくいのではないだろうか。「内角高め速球」であっても、BABIPを守ることができているのではないだろうか。 

打者はどれほどスイングを縮めているのか

ここからはそれをデータで確かめていく。まず「内角高め速球」を定義する。対象とするのは以下図3にオレンジで示した範囲に投じられた速球(4シーム、シンカー)だ。以降はこれを「内角高め速球」と呼ぶ。

 物差しとしてはSwing Lengthというバットトラッキングデータを使う。Swing Lengthとはスイングを始めてからコンタクトするまで(空振りの場合ボールと交差するまで)のバットヘッドの移動距離を測ったものだ(図4)。バットが遠回りすれば大きくなるし最短距離で振れば小さくなる。もし打者が内角高めに対してグリップを引き込み、弧を畳んで対応しているのなら、この数字に痕跡が残るはずだ。Swing Lengthが普段より短くなっているはずである。

 実際に平常時と比べて内角高め速球でスイングを縮めている打者がいるのかを確認していこう。なお比較の基準となる「平常時」については今回ストライクゾーンの内外角を二分し、外側半分に投じられた速球をスイングしたときのデータとする。

まずその平常時についてである。平常時のSwing LengthはMLB平均で209cmだった。これが内角高め速球に条件を変えるとどうなるだろうか。内角高め速球に対してSwing Lengthは196cmまで縮んだ。約13cm。割合にすると6%も短い。時間的猶予のない内角高め速球に対し、スイングを縮める対応は現実に起きているようだ。

ただこれはみなに共通する現象なのだろうか。打者によって個人差はないのだろうか。スイングの短縮率が最も大きかった打者、最も小さかった打者を15人抜き出したものが以下の表1-1、表1-2だ[2]。

 まず表1-1の短縮率が大きかった打者を見ると、トップは11.8%で並んだJacob YoungとTrevor Larnach。Youngは平常時207cmのスイングを、内角高め速球では183cmまで24cm縮めて対応していた。

ほかにもLuis Robert Jr.、Nick Castellanos、さらにはBryce HarperやMike Troutなどビッグネームも連なっている。コンタクトのうまい器用な打者が並んでいるというわけではなく、一発のある打者でも内角高め速球にはコンパクトなスイングで対応している様子がわかる結果だ。

一方、スイングを縮めない打者(表1-2)を見ると、対象216人の最下位には、短縮率0.0%の打者が5人並ぶ。Adley Rutschman、Gavin Lux、Keibert Ruiz、Nick Fortes、Ozzie Albiesだ。彼らは内角高め速球に平常時とまったく同じ長さのスイングで挑んでいた。

 また表の右端には内角高め速球に対してのBABIP、またキャリア通算BABIPも併記している。ただ表を見る限り、縮める打者ほどBABIPが高いというはっきりした傾向があるわけではない。現に短縮率トップのJacob Youngの内角高め速球BABIPは.231、キャリア通算BABIPも.297と平凡な数字だ。

ただそんな中でもわかりやすく差がついているケースもある。比較したいのはAaron JudgeとRhys Hoskinsだ。平常時のSwing Lengthで見ると、Judgeは238cm、Hoskinsは241cm。ともにスイングは大きく、身長2mを超えるJudgeよりもHoskinsのほうが長いスイングを行っている。

この2名が内角高め速球に対した場合、対応は大きく分かれる。JudgeのSwing Lengthは238cmから216cmまで22cmも縮むのに対し、Hoskinsは241cmから238cmへとわずか3cmしか縮めない。ともにスイングが大きい打者だが、コースによってスイングを作り変えているのがJudgeといえる。

そしてその技術がもしかしたらBABIPにも跳ね返っているのかもしれない。内角高め速球BABIPについてはJudgeが.304に対し、Hoskinsは.211、キャリア通算BABIPについてもJudgeは.345、Hoskinsは.269と明暗が分かれた。ほぼ同じスイングの弧の長さを持つ2打者だが、この角においては異なるアプローチを採用している。

「スイングを縮める技術」はBABIPの向上に寄与するのか

もっともここまで見てきたのは個人レベルの対比に過ぎない。Swing LengthとBABIPの関係をより包括的に捉えるため、データ全体に見られる傾向を考察していく。

まず内角高め速球にスイングを短縮できているほど内角高め速球のBABIPは高くなっているのか、打者ごとの短縮率と内角高め速球のBABIPを表したものが以下図5である。

 これを見ると相関係数は0.28。強い相関ではないが、スイングを縮める打者ほど内角高め速球のBABIPが高い傾向が確認できる。

ただしBABIPはシーズンレベルの数字でもぶれるもの。ましてや今回のように条件を絞った中では偶然によるところも大きくなるだろう。そこでそのぶれを均すため、対象の打者を短縮率の大きい順に並べ、人数が等しくなるように5つのグループへ分けた。そのうえでグループごとに全打球を合算しBABIPを計算した。結果が図6だ。

 これを見ると、最も縮めるグループのBABIPは.269。縮めないグループは.237で、その差は32ポイント。縮めるグループほどBABIPが高いという関係が、おおむね階段状に現れている。やはり時間的猶予がない内角高めに対しては、スイングを短縮できる打者ほどBABIPを守れているのだ。

ここまでで、縮められる打者は内角高め速球のBABIPを守れていることが確認できた。では、このたった1つのコースを守れることは、冒頭で見た通算BABIPの個人差にまで響くのだろうか。図7は、短縮率と通算BABIPの関係を表す散布図だ。

 結果ははっきり出た。相関係数は0.35。スイングを縮められる打者ほど、通算で高いBABIPを残している。内角高めというたった1つのコースへの対応力の差は、キャリア全体のBABIPにまで結びついているのだ。ただおそらくここで注目すべきは内角高め速球が重要という話ではない。試されているのは相手の投球に対してスイングを作り変えられるかの柔軟性で、その柔軟性が最も如実に現れるのが、時間的猶予が最も制限される内角高め速球への対応なのではないだろうか。

ポップフライを減らすにはSwing Lengthのコントロールが必要

最後にこの打ち方の性質をもう一段深く掘り下げてみたい。先ほどと同じ5グループで、今度は内角高め速球へのWhiff%(空振り÷スイング)とポップフライ率を見る。結果が図8-1、図8-2だ。

 図8-1のWhiff%から見てほしい。さきほどスイングを縮めるほどBABIPが高い、つまり良い傾向にあったが、Whiff%についてはむしろ縮める側で悪くなっている。縮める側の4グループが14〜15%台に達するのに対し、縮めないグループは10.2%しかない。スイングを縮めない、調整をしない打者のほうが空振りは少ないのだ。スイングを小さくするのは当てにいくためだと考えると、直感に反する並びである。どうやらスイングの短縮はミートの技術というわけではなさそうだ。

一方で図8-2のポップフライ率については縮めるグループほど低い。最も縮めるグループの13.5%に対し、縮めないグループは20.2%に達する。スイングを縮めるグループほど、ポップフライを減らすことができている。

 つまり、この打ち方によって得ているのはコンタクトではない。当たったときに、最悪の打球であるポップフライになることを避ける保険である。詰まって生まれるあの力のない小飛球が減っているのだ。

ポップフライの多寡がBABIPを左右することは、冒頭で触れたとおり以前から知られていた。今回の分析はBABIPを説明する新しい要因を発見したわけではない。少し進んだのは、そのポップフライの個人差がどこで、どんな技術によって生まれているのかという、メカニズムの理解である。

内角高め速球の対応にこそ打者の柔軟性が刻まれる

最後に3つ、補足しておきたい。

1つ目。バットトラッキングで観測できたのは、Swing Lengthの短縮という帰結であって、「前の肘を抜く」という動作そのものではない。肘の使い方がこのデータには写っているわけではない。短縮という痕跡から動きを推定している、という限界は踏まえておきたい。

2つ目は影響の大きさだ。相関係数0.35が説明できるのは、通算BABIPの個人差のばらつきの1割強に過ぎない(決定係数0.12)。あまり縮めずに通算.324を残すJose Altuveのような打者も存在しており、この技術で全てが説明できるわけではない。

3つ目は期間のずれだ。スイング短縮率は計測が始まった2024年以降の値だが、突き合わせたBABIPは2015年以降、あるいはキャリア全体の通算である。キャリアの途中でスイングを作り替えた打者、たとえば近年になって縮める技術を身につけた打者や、逆に失った打者の存在には、この分析は対応できていない。バットトラッキングが全期間で手に入らない以上、避けられない制約である。なお、期間を2024-26年に揃えたBABIPで確かめても相関は0.29と同方向に出ており、この制約が結論を左右しているわけではない。

最後にまとめると、内角高め速球は詰まりが構造的に発生しやすい投球だ。そこでスイングを縮められる打者は空振りが増えるという代償を払いながら、最悪の打球を避けBABIPを守っていた。運の指標とされてきたBABIPの個人差の一角には、投球に応じてスイングを変えられる柔軟性が確かに刻まれているようだ。

[1] 本稿の2026年データはすべて8月14日時点。投球単位のトラッキングデータと打球データは2015-26年、バットトラッキングデータは2024-26年のレギュラーシーズンを対象に集計している(Baseball Savant)。通算BABIPはMLBデビューから2026年8月14日までの通算(FanGraphsを参照)。

[2]対象はバットトラッキングデータがある2024-26年に内角高め速球に100スイング以上、かつ打球データがある2015-26年に内角高め速球に100打球(BABIPの分母となる打球のみ)以上を記録した216人。なお短縮率と空振り率は2024-26年のスイング、内角高め速球BABIPとポップフライ率は2015-26年の打球から算出している。

大南 淳@ominami_j

ストップウォッチによる時間計測など、地道なデータ収集からの分析に取り組む。

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